新聞の広告で発刊を知っただけで、まだ読んでいないが
興味深いタイトルだ。
アマチュアの中・低レベルチームばかりの所属歴のぼくだが
ほぼ50歳近い年齢ゆえ、
かつて、付けてきた背番号歴は、多い。
以下、ちょっと思い出してみよう。
1:今も、あるチームで付けている番号だ。
ネームも入っているので、
ぼくの姓のアルファベット数の多さ(8つ)の中、
スッと、一本の縦線が入っているのは、
見た目、優れたデザインだと思っている。
2:中学時代、短期間、入っていた
ソフトボールクラブの背番号だ。
キャプテン番号(10)を付けたチームメイトの守備番号、
平たく言えば、その時の補欠番号だった。
3:小学校の時の、地域のクラブチームの背番号、
ぼくはファーストだったので、レギュラー番号、
そして大学に入ってから、アソビで作っていた
自分だけのユニフォームに付けていた番号だ。
サードへの拘りが強く、阪神ファンながら
既に引退してしばらく経っていたが、
長嶋茂雄のプレースタイルに憧れ出していた。
5:浪人時代の短期間の所属で終った
知人同士のチームでの番号だ。
3のあと、サードのレギュラー番号に意識はシフトした。
6:社会人時代、チーム内は公認ながら、
家族構成を偽って、子持ちということで(当時独身)
入れてもらったPTAソフトボールチームで付けた番号だ。
当時、老成した風貌ゆえの芸当だ。
7:職場のソフトボール大会で、
これまたアソビで作ったユニフォームで付けた番号だ。
他のメンバーに3と5を無理やり付けさせ、
七五三トリオとしてアピールしたが、
あまり周りにウケていた記憶はない。
公式戦では付けたことのない惜しい番号だ。
8:4と9を除き、ひと通り付けてきた
一桁番号の最後の残りだった。
国体レベルのチームに引き抜いてもらい、
あえてリクエストをしてもらった貴重な番号だ。
鳴り物入りで入団した割には、
有給休暇の確保、遠征費の捻出に苦慮し、
所属期間は短かったと思う。
体力・技術的に下降期に入っていたので、
自分のレベルに必死にもがいていた時代だ。
12:先に書いたPTAチームで
6の前に、もらった番号で、周りとの年齢差ゆえ当然なのだが、
プレーレベルで目立ち過ぎてしまい、
12番を隠せ、ということになっていたらしい。
中身が同じなので、すぐまた怪しまれるのは明らかなのだが…。
ぼくにとっての初めての出世番号前のナンバーなので想い出は深い。
プレーすることが何よりも大好きだった時代だった。
18:エースナンバーではない。
高校野球の補欠番号そのものだ。
小学校のクラブチームでの、人生初の背番号だ。
そういえば、このチームでの2軍時代は、5だった。
23:これも現役の番号。
中途半端な端数の重たい番号だが、付け出して、もう長い。
クリーンアップのショートという目立つ役割に比べ、
この変な番号のギャップが気に入っている。
阪神の永久欠番者(それもショート)の吉田義男が、この番号だ。
知る人のみ知る小さな誇りだ。