今回の古本話。
最後は故紙回収行きとなるウチのストッカーから見つけた本だ。
子供が読み終えた本だそうだが、
高校生が、こんな、人生に疲れた
中年女性の悲哀話を読んで分かるのだろうか。
見方によっては、青春小説、ギャグ小説、SF小説に読める。
SF小説とするなら、多少、考証に疑問の部分が残るのだが、
30年前の高校時代にタイムスリップした
元40代後半の3人の女性達が主人公の話だ。
時代設定と年齢設定が、ぼくと同じなので、
読中のイメージ作りは容易だ。
自分が30年前に戻されたら、どうだろう。
球技大会のソフトボールで本塁憤死した
最終回1アウト2塁のシーンには戻って、
レフト前ヒットで3塁に止まっておいて、
次のバッターの内野ゴロでも本塁へいう気持ちが
とても強く残っているが、せいぜいそれぐらいだ。
(同窓会などで、たまに、それを周りに話すが残念ながら、
ぼく以外、あまり、このシーンを覚えていないようだ。)
その後、浪人の予備校時代は、よく学び、よく読んだ
意外と充実した1年間だったが、
それに比して、大学でのパッとしない時期や、
語学の予習や期末試験対策、資格課程も多く取っていたので
3年まで、ほとんどサボれなかったことや
就職のため「優」の単位計算や平均点で苦労したことを考えると、
どうも、あの時代には戻りたくない。
30代以降は、ぼく自身、40代になって
できないことがないように意識して生きてきたので、
後悔はしないライフスタイルを心がけてきたつもりだ。
その延長で、50代を想像して40代を生きてきたので、
今は特にこれと言ったやり残し感はないのだ。
さて、小説に話を戻すが、タイムスリップという
大仕掛けを設定した割には、ストーリーは穏やかに終る。
人生の可能性の、どういう道を選んでも、
社会とのしがらみや、良くも悪くもアイデンティティの枷から
抜け出ることはできないのだ。
隣の芝は青く見える。欲を言えばキリがなし。
身の丈に応じて、小さなことからコツコツと。
それにしても、これを読了した生身の世界の高校生が、
つくづく不思議だ。
