かれこれ、20年以上も遡る。
井上ひさしの「吉里吉里人」を読んだ。
かなりの大作だが、面白いので一気に読んだ。
あまりの面白さに、実際に「吉里吉里」を訪れたく思い、
当時、まだ国鉄時代の周遊券を使って、上野経由で
チマチマと、岩手県を目指して、何日もかかって北上した。
そんな事をふと思い出させてくれたのが、最近発刊された「PHP」。
吉里吉里駅が、モノクロ写真とともに紹介されている。
ぼくが訪れた当時の、クリームとオレンジ色の国鉄車両ではないが、
モノクロゆえ、当時の面影を、思い出させてくれる。
旅では、いったん駅を降りて、改札を出たが、
特に見るべき史跡などは、なかったのを思い出す。
駅前では、リンゴほっぺの女の子達が元気良く遊んでいた。
1時間に1本程度の国鉄便の切符を買うため、
窓口で、ぼくは、駅員にお札を出した。
その時のやりとりだ。
駅員「狛犬ない?」
ぼく「狛犬?」
駅員「狛犬っ!」
ぼく「…。」
そう、”狛犬”は、”こまいの”、つまり”細かいの(=硬貨)”だったのだ。
今でも、言葉は、そうなのだろうか。
岩手や青森では、ぼくに話しかけてくれる地元の人の言葉が、
関西人のぼくには、ほとんど分からなかった。
が、何となく相手が何を言いたいか、伝えたいかは、分かる。
ノンバーバルなコミュニケーションが成立するところは大きいのだろう。
漂流者が、その地で生き長らえている歴史を見れば、それも明らかだ。
そんなことを思い出させてくれた、PHPだった。
さて、ぼくの当時の東北旅、かなり面白いようで、
時折、人に語ることがあるが、
たまに、それに釣られて、ぼくと同じルートを旅する人が現れる。
そして、どうも、20年前と、どうやら同じ様相なようだ。
ぼくも、再度、かの地を旅したくなってきた。
