平日と同じく朝5時半にもそもそと起きだし、朝食を取る。今日は栃木の大田原マラソンの日である。
大田原マラソンは、フルマラソンで、尚且つ制限時間が4時間というなかなか厳しいマラソンである。先月、フルマラソン挑戦二度目で、やっとゴールまでたどり着いたが、4時間を10分以上オーバーしている。またもや、バスに収監されてしまうのか不安であったが、今回は少し準備をして望むことにする。
本来であれば、本番に備えて練習を積めばよいのであるが、今月の初めに風邪を引き、群馬県民マラソンも参加できず、治るまでに長引いたので、これ以外の備えをしようというものである。
大田原マラソンは、一般参加でもスペシャルドリンクを受け付けるので、早速ゼリー状の栄養補給食を、25キロ、35キロ、40キロに置いてもらうことにする。また、作戦も、前半を飛ばさないようにすることにした。
さて、これらのものを詰め込み、家族を起こさないように家から出た。高崎インターから高速に乗り、一路栃木へ。実は下痢気味だったので、途中サービスエリアでトイレに行く。いまひとつ不安がよぎる。長坂ICからから国道4号に出ると、渋滞であった。ここから大田原の会場まで渋滞ということはないだろうか不安になり、引き返してもうひとつ先のICまで行こうか迷うが、そのまま行くことにする。程なく無事に到着する。
駐車場でバナナを食べ、受付会場に行く。ゼッケンをもらい、スペシャルドリンクをお願いして、車に戻り着替えて、いそいそとスタート地点へ向かう。
天気も晴れて、暑くも無く寒くも無くちょうど良い天気である。スタートの合図が鳴り、そろそろと出発する。今回は5キロしか表示が無いというの5キロを27分から28分で走る計画だ。
走り始めるが、いまひとつ体が重い。5キロを通過して、予定通りのタイムであるが、ちょっと不安になる。しばらくすると、同じスピードでハアハア息が荒く、右腕を下に伸ばし、特徴のある走り方の70くらいの方と抜きつ抜かれつの状態で20キロあたりまで走る。もう息が荒いのに大丈夫かなんて心配していると、このあたりで一気に抜き去られる。その後彼を見ていないので、あのままゴールしたのだろう。ランニングにランパンで、本格的なウェアだったこともあり、きっとあの走り方が場数を踏んで磨き上げた一番良いスタイルなのだろう。
20キロ前に折り返し地点があり、そこで3時間30分のペースメーカーとすれ違った。そこには大勢の人が固まっていた。自分との差はどれくらいかななどと思い、であった地点への到達時間からおよそ15分くらいの遅れではないかと判断し、少しは余裕があるのかなと判断する。
25キロあたりで、足が重くなってきたので、最初のスペシャルコーナーで思いっきり期待して預けたゼリーを受け取ると、一気に飲み干す。気分は楽になるが、足が軽くなるというまでは行かない。このあたりで、トイレが空いていたので用を足す。
ここから、ペースを落とさないようにと意識するのであるが、足が重くなり始めて、なかなか思うように行かない。喉が渇き過ぎないようにしていたし、ゼリーも飲んでいたので、前回のように喉の渇きはそれほどでの無かったのだが、腰が痛くなってきた。少し立ち止まり、腰をひねるが効果が無い。息は荒くないのだが、足がだんだん重くなってきた。膝に痛みが無いのだけが、好材料である。
ここで、左の下の方に何か気配があるので、振り返ると、小柄で前かがみに早歩きのように走っている70前後の女性が迫ってきた。どう見ても走っているようには見えないのであるが、足を交互に早く動かし、自分を抜き去ってしまった。後ろで走っている二人組みも、走りながら彼女を見て、「あの走り方で、抜かれた。すごいね。これは究極の省エネランだね。」といっているのが聞こえた。まったくそのとおりである。
35キロのスペシャルドリンクのことだけを頭に考えて、必死で走っていると、、33キロを過ぎたあたりで係員が大きな声で、「関門まであと5分」と叫んでいる。だんだん関門時間が迫ってきた、まずいなと初めて意識した。ここから、制限時間との戦いになる。
35キロで、やっとの思いでスペシャルドリンクを受け取り、飲み干そうとするが、喉につかえてなかなかな飲めない。配置が似ずとスポーツドリンクがまず設置されて、しばらくはなれたところにスペシャルがある。逆であれば、水でゼリーが飲み干せるのであるが、なかなかうまくいかない。何とか流し込み、走り始める。
38.5キロに関門があり、そこでは走っている人に向かい、「あと3分!」と大声で教えている。だんだん制限時間との差がなくなってきている。確実に自分のスピードは落ちている。ここからまだ4キロもあるので、何とかゴールまでたどり着きたいと、心に余裕がなくなってきた。
40キロで、最後のスペシャルドリンクを受け取るが、飲み込めない。生来が貧乏性なので、捨てればよいのだが、半分ほど残ったゼリーを握りながら走り続ける。
最後の関門からは、あと2キロという具合に残りの距離数が表示されていく。あと2キロで、沿道の人が、「キロ7分でも4時間を切れるぞ、もう一息!」と声をかけている。腰の痛みに耐え、鉛を貼り付けたような足を必死に動かして、前に進む。新潟のときも感じたのだが、ここからが遠く感じる。あと1キロの表示を見て、走るが競技場が見えない。確かトラックを4分の3周走るのにまだかまだかと、あごを出して走っていると、やっとトラックが見えてきた。ここで必死にスパートして、何とか4時間以内にとそれだけを念じてゴールに駆け込む。
タイムリミットまで、およそ1分。ギリギリであったが、最後に少しは速度アップできたし、何より最後まで歩かずに走りきれたことがうれしかった。ゴールでポカリスウェットを飲み、トナトジュースをもらう。実は、あまり好きでなくて、飲んだことが無かったのであるが、せっかくなので初めて飲んでみる。口の中が粘ついていたので、味が良く分からなかった。
体育館に行き、鍼灸の無料サービスがあったので、早速申し込む。程なくすると、呼ばれたので診察台に行くと、そこには目が見えない鍼灸氏の方がいて、どこが悪いのか聞いてきた。腰とふくらはぎと応えると、早速触診。腰を触ると、これでフルに出たのと聞かれる。かなり固まっているので、こりゃつらかったでしょうといわれた。早速針を打ってもらうと、かなり楽になった。これは、レース前にやってもらいたかったなと思った。
気付くと3時近くになり、昼食もとっていないので、無料のなめこ汁をすすり、おにぎりを買って帰途に着く。帰宅は5時過ぎになり、一日がかりのレースであった。