二度目のフルマラソンチャレンジということで、新潟マラソンに参加した。


前日に参加手続きをする必要があるので、新潟に前泊した。これは、前回失敗した長野のときと同じだ。
夕方に高崎を発ち、午後7時ごろに新潟に着く。それから受付会場がある体育館まで電車を乗り継ぎ、いそいそと歩いていった。駅前の交番で、道順を聞き、とぼとぼと歩いていく。程なく会場が見つかり、受付を済ます。会場には、幾つもの店が出ていて、そこで練習用のパンツを購入する。そしてそこを後にして、ホテルにチェックイン。


落ち着いたところで、遅い夕飯を食べることにする。ところが、開いている店は居酒屋ばかり。酒を飲む予定はないので、うろうろと探しているうちに時間がどんどん過ぎていく。あわてて、ラーメン屋にはいる。


宿に戻り、テレビを見て、寝ようとするのだがなかなか寝付けない。実は数日前から風邪気味で、寝入りばなに咳き込んで、起きてしまう。そうこうしている内にうとうとして、何とか眠れた。
モーニングコールで目を覚まし、ホテルで朝食を急いで済まし、会場に向かう。もたもたしていたため、予定していた電車に乗り遅れてしまう。しかし時間的な余裕はあったので、次の電車にのる。駅から会場までは人の列で、どんどん会場の陸上競技場に吸い込まれていく。控えの体育館で、着替え手荷物を預けて、陸上競技場に向かう。


アナウンスでは、10キロのレースとあわせて、参加者は1万人を越えるらしい。真ん中あたりを探して、スタート位置についた。


8時半にスタートの合図とともに、そろそろと人の群れが前に動き出す。
とにかく転ばないように気をつけながら、周りに合わせて走り始める。新潟の町の中を、道幅いっぱいに人の列が走っている。このあたりの道路の真ん中を我が物顔で走れることが、が、シティマラソンの醍醐味と考える自分にとっては、とてもいい気持ちである。そして徐々に人の列が縦に伸びるにつれて、自分のペースで走れるようになってきた。ここでよせばよいものに、少しスピードを上げていった。


そのペースのまま、5キロ、10キロと過ぎて、15キロを過ぎたあたりから、海沿いのコースに移る。このコースの先で折り返し地点がある。海沿いのコースを走っていると、途中で折り返し地点を通過した先頭ランナーとすれ違う。改めてそのスピードに感心してしまう。


折り返し地点を過ぎて少し走ったところで中間地点。ここでのタイムは、予定よりも少し遅いので、ペースを上げるかどうか迷う。それと、トイレにも行きたくなってきたので、途中の仮説トイレで用を済ませる。すると迷うまでも無く、25キロを過ぎたあたりで足が重くなってきた。そして、喉が異常に渇いてきた。熊谷のレースで、30キロを体験しているので、えっと自分ながらに驚く。そして、海岸沿いの最終地点の30キロ当たりになると、足がもつれてきた。喉の渇き、足が動かなくなってきて、走ることがどんどんつらくなってきた。


とにかく体が言うことを利かない。36キロあたりの給水所で、立ち止まり、コップで三度も水を飲む。しかし、つらい。

とうとう、歩き出した。歩きながらも、喉が渇いて仕方が無く、沿道の人が「あと少しで給水所だよ。」という声を信じて歩けども全然給水所が無い。時間はどんどん過ぎていくのだけれど、足は重く、足の裏も痛くなってきた。おまけに喉の渇きと、だるさで、よたよたしてきた。


40キロを過ぎたあたりで最後の給水所があり、ここで何倍も水を飲む。屈伸運動をして、もう一度よろよろと走り始めた。ほとんど歩いているのと変わらないスピードで、早歩きをしている人をなかなか抜くことが出来ない。あとは沿道の人の、あと1キロ、あと少しという声を信じて、ふらふらと走り続け、やっとメインスタジアムに入る。


ハーフのときなら、ラストスパートをするのであるが、そんな余裕は無く、4分の3周がとてつもなく長い距離に感じられる。最終コーナーを曲がり、何とかゴールした。


とても完走したという感じではなく、かろうじて棄権をしなかったというだけの気持ちで、水を何杯も飲み、記録賞をもらい、座り込んだ。


足が鉛のようだったので、無料のストレッチのサービスのところで、ストレッチをしてもらう。かわいい女性のトレーナーに、ストレッチをしてもらっていると、ぐったりしていたので、「マラソンすると、意識が飛びそうになるって聞きますが、大丈夫でしたか。」と話しかけられた。ああ、確かに自分もそうだったなと思いだした。


参加賞のおにぎりをもらい、荷物を受け取り着替えて、バスに乗り新潟駅に向かった。バスは混んでいたので、立っていたのだが、これすら辛かった。ちょうどよい時間に駅についたのだが、重い足取りのため、新幹線に乗り遅れてしまう。


電車の中で、特大のおにぎりを食べながら、やっと落ち着いた。とても完走という満足感は沸かず、マラソンの重さ・厳しさをじっと感じていた。それでも棄権はしなかったので、昨年の長野のときよりは気分がよかったが、最後の辛さを思い出し、来月後半にもう一つレースを申し込んでいることをちょっと後悔した。


やはり、もう少し練習をつまないと、あの距離はこなせないのだということがよく分かった。