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anamorph

an asexual reproductive stage

冬の寒さを抜け、春で心が温まり、夏の暑さへ体が馴染む。
本能のままに生きればつらいことは無いが、本能と理性が離れると、葛藤が生まれる。

春の夢から現実への葛藤。
五月はそんな季節。


俺もその中にいた。



昔の話。街を出る4ヶ月ほど前、俺は昼のバイトを辞め、とある会社で派遣社員をしていた。
すぐに辞めてしまうことを承知したうえで、その会社は俺を雇ってくれた。
年上の姉のような優しい女性が多く働く、居心地のいい職場だった。


4月の終わり、女の家を出て実家に戻った俺は、すぐに仕事を探し始めた。
さすがにこれ以上、他の誰かに甘えるのはいけないと思ったからだ。


仕事探しの途中、その以前働いていた会社の近くを通り過ぎたので、挨拶ついでに立ち寄った。
久しぶりに会う元上司や元同僚。仕事の手を休めてしばらく俺の話し相手になってくれた。
街を出て行った後の話、その時の彼女の話、そして仕事を探していること。
他のこともいくら時間があっても足りないくらい話をした。
相変わらず、みな優しくて居心地がよかった。

1時間ほどいただろうか。

そろそろ帰ろうとしたとき
「塚田君さ、もう一回うちで働いてくれない?一人やめてちょうど人探してるんだ。」

そうしてまた、その職場にお世話になることになった。


そうと決まると話は早く、三日後から仕事は始まった。
辞めてからしばらく経ってはいたが、変わったことは特に無く、すぐに以前と同じように職場に溶け込めた。


俺が働いていた部署は仕事上、ほぼ全ての部署との関わりがあった。
時には受付係の子たちとも仕事をした。


働き出してから一週間後、その受付の子達と働くことになった。



久しぶりに会った彼女達とは、積もる話も多く、まったく話が進まなかった。

このままではいかんと思い、
「あれだね。このままだと、一日しゃべってても時間足りなくなるから、一回みんなで飯にでもいこう。みんなの都合のいい時に。」
と提案した。
その後、しばらく日取りを決めるのに時間を取ったが、みなの都合が合う二週間後に出かけることが決まった。



受付係には、俺が街を出ている間に働き出した吉本さんという新人の女の子がいた。
俺の一つ年下のその子は、まだ若さの残る人懐こい子犬のような外見のかわいしい女の子だった。
新卒を採用することが珍しいその会社では、その女の子は数少ない男子社員のちょっとしたアイドルだった。


予定していた食事会の二日ほど前だった。受付係の一人から、吉本さんも連れてきていいかと聞かれた。

断る理由は無かったし、むしろ、少し話してみたかった。仕事中はほとんど何も話すことが無かったから。



約束の日の当日、仕事を終えそのまま会社近くの飲み屋街へとみなで向かった。

食事の席では、それぞれの近況やら仕事の愚痴、彼氏や旦那の話、くだらない笑い話から少し難しい話まで、みなが思う存分話した。ただ吉本さんはあまり自分の話しをせず、聞き手側だった。


夜も更け日付が変わりかけた頃、会はお開きとなった。
その帰り道、俺と吉本さんのこの二人だけとなった。


「あまりしゃべらなかったけれど、やっぱりまだみんなとそんなにしゃべれない?緊張する?」

無言になってしまっては、相手に気を遣わせてしまうと思い、何かのきっかけになればと聞いてみた。

その子は少しはにかみながら
「緊張するってわけではないんですけど・・・何話せばいいかわからなくって。みなさん年上ですし、私が話しても面白くないかなって。」

「そんなことないんじゃないかな。何を話したって、それがきっかけで話は広がるよ。あの人たち人の話大好きだし。『そこまで聞く?』ってくらい、俺の私生活に突っ込んでくるし。」

俺が笑いながらそう言うと、その子は少し照れくさそうに笑い、一言
「ありがとうございます。」
とだけ言った。

その後、彼女の車が止めてある駐車場まで歩く少しの時間、お互いのことを少し話した。
住んでいる場所、地元、通った高校、休みの日何をしているか。

目的地に着くまでには、そんなに時間はかからなかったが、人見知りでわからない事だらけだったその子のことが、少しわかった気がした。
実際は他の同じくらいの年の子と変わらない、かわいらしい女の子で、でもその幼さを隠すように仕事中は気を張っているんだろうと思った。

駐車場に着き、
「じゃ、また明日、仕事でね。気をつけて帰るんだよ。」

そう俺が言うと、少しの沈黙の後に

「・・・あの、連絡先教えてもらってもいいですか?」
と少し間をおいてその子がうつむき加減で言った。

俺は始め、少し驚いてしまったが、よく考えれば他の受付の子達と連絡先は交換していたので、その流れなんだろうと思い、平静を装った。

その時代、まだ赤外線やQコードの類はあまり普及していなかった。
彼女は車の中から、小さな手紙のようなものを取り出し、俺に渡した。

「ここに連絡先書いてあるので、後で連絡くださいね。それじゃ、また明日!」

そういうと、彼女は車に戻り、そのまま帰っていった。


自分の車まで向かう間、
「最近の子達は、あらかじめ連絡先書いた手紙とか用意してるんだな。すごいな。名刺よりいいな。」
なんて考えていた。

家に帰って渡された手紙を開けてみた。
かわいらしい字で
「今日は誘っていただいてありがとうございます。メールもらえたら嬉しいです。また誘ってください。」と書いてあった。

どうやら、あらかじめ俺に渡すように書いていたようだった。

俺は
「なんてできた子なんだ。いい子だな。」
ぐらいにしか思っていなかった。



数日後、また受付の子達と仕事することになった。

矢継ぎ早に
「連絡はしたのか。」
「いつ遊びに行くのか。」
「なぜ誘わないのか。」
「待たせて悪く思わないのか。」
と質問攻めに会った。


「ちょっと待って何なの?あんまりそういうこと言われると、勘違いしちゃって舞い上がるからやめてくんない。」

「いや!勘違いじゃないよ!! あの子好きみたいだよ。」
絵に描いたようにニヤニヤと、楽しそうな表情で言われた。

「俺を?なんで?」
ひどく取り乱した。絵に描いたように。


理由を聞くと、若い女の子らしいかわいい理由だった。

その子と初めて仕事をした日、受付に外国人の来客があった。
日本語の通じないその来客の対応に困っていた彼女を、俺が助けたのが理由だったようだ。

これで、手紙の一件に納得がいった。
かわいらしい色使いで書かれた文字も、どこかで買ってきたであろう封筒も、全部俺のためだった。





廃人になりかけた俺を救ってくれた4月。
一人で歩けるようにはなったが、それ以上はまだリハビリが必要だった。

だから、純に俺に想いを寄せるその子に、どう接していいかわからなくなった。
初めて赤ん坊を抱くのと同じ感覚だった。

「壊してしまうんじゃないか。泣かせてしまうんじゃないか。泣いてしまったらどうしたらいい。」

怖かった。愛することも愛されることも、まだ上手にできる自信が無かった。





好きかどうか以前に、自分の中の問題だった。

周りは、俺が単に吉本さんのことがタイプじゃないんだろうと思っていたらしい。

そうこうしていると、ある日、受付係の女ボスから電話が来た。
「期待させちゃうみたいでダメなんだろうけど、一回だけデート誘ってあげて。あの子は本当に塚田の事が好きみたいなんだ。塚田の好みじゃないってのはわかっている。ただ見ているこっちがつらいんだ。その時に上手に塚田を諦める方向にもっていけないかな?」

「俺ってそんな器用に見えてんの?」

「うん。女慣れしすぎだもん。」

「あー、うん。ただ遊んでるからって訳じゃないからね。」

「それはどうだかわからないけどさ、とりあえず考えてみてよ。」

「うん・・・。」

そう言って電話を切った。


それからしばらく、どんなに天気がいい日でも全部が鉛色に見えた。


「好みじゃないとかそういう話じゃないんでしょ?」
ある日、受付係の南という女に仕事中に言われた。

「話ぐらいは聞くよ?南バカだから大したこと言えないけど。」

その日の仕事終わりに、二人で食事に行き、思っていることを南に全部話した。

「塚田は優しいからな。ただ、自分が傷つかないようにしてるようにも見える。何があったか知らないけどさ。ただ中途半端に優しくするのだけはよくないかな。できないことはやらないほうがいい。はっきりしたほうがいいよ。」


デートには誘わない。思わせぶりな態度はとらない。


それがその日のまとめだった。


俺もそれが最良の答えだと思った。



そう思っていたんだ。


ただ、その後何度か仕事をするたびに、すごくキラキラした笑顔で接してくる吉本さんに、気持ちが押しつぶされてしまいそうだった。

俺に気持ちが無いことを悟ることで、彼女を傷つけてしまうのがすごく耐えられなくなってしまった。俺一人忘れることなんて大したことじゃないし、彼女はこれからもっといい男に会って、俺のことなど一瞬の出来事になるはずなのに。


デートの約束をしてしまった。一番やってはいけない「中途半端な優しさ」が顔を出した。



当日、待ち合わせ場所にやってきた彼女は、遠くからでもわかるほどキラキラしていた。
それが、俺の中の複雑な気持ちを増長させた。

映画の前も、その後も、食事のときも、彼女はニコニコしていた。
俺は映画の内容も、食事の味も、彼女との会話も覚えていなかった。

ただただ、彼女の笑顔が苦しくさせた。


彼女はそれを察していたのだと思う。


バーでお酒を飲み終える頃には、会話はほとんどなくなっていた。


店を出て、タクシーを捕まえに大きな通りへ歩く途中、TSUTAYAの前を通り過ぎた。

彼女は店の前で立ち止まった。


「あの・・・。よかったらDVD借りてどこかで観ませんか?。・・・・今日は帰りたくないです。」


彼女はそれで最後にしたかったんだろうと思う。
そこで俺が断っても、そうじゃなくても。

彼女は今にも涙が零れ落ちそうな顔をしていた。

鈍感な俺でも、その気持ちを察するには十分だった。


そして、俺の中途半端な優しさが暴走をし始めた。



「わかった。」

そういうと俺は彼女の手を取り店内へ向かった。



ここからは鮮明に覚えている。
二人で笑いながら、DVDを選んだ。

さっきの泣き顔を忘れさせようと、彼女をたくさん笑顔にさせた。

お会計を任せている間にホテルを予約した。
今まで泊まった事が無いようないいホテル。

タクシーを拾い、ホテルへ着くと、彼女はびっくりしておとなしくなってしまった。

ただ、部屋に着くと、用意させておいたスパークリングワインと、部屋から見える田舎なりにそこそこの夜景をみて、彼女はまたキラキラした笑顔になった。





順番にシャワーを浴び、ベッドに入り、スパークリングを飲みながらDVDを観た。



気づくと彼女は寝息を立てていた。



DVDを止め、部屋の明かりを落としベッドに戻ると、彼女は俺の胸元へと寄ってきた。


俺はそのまま抱きしめた。


そして、「好きだよ。」と言った。


彼女は顔を上げ、キスをし、また俺の胸元にもぐっていった。

そして「ありがとうございます。」と呟いた。


そうやって二人は眠りについた。






次の日は休みだった。
チェックアウトぎりぎりにホテルを出て、そこで別れた。





一週間後、女ボスとの仕事だった。
この上なくいやらしく微笑みながら

「聞いたよぉ~。」


「・・・何を?」


「『好きだ』って言ったらしいね。」


「うん。で、吉本さんはなんて?」

「なんかね、『好きだって言われたんですけど、なんか誰にでも言ってそうです、あの人。』って苦笑いしてたよ。」


「そう。なんかショックだな。」


心にも無いことを言った。
実際少しは傷ついたが、これでいいと思った。



月は変わり、6月になっていた。
俺の誕生日まで2週間だった。








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