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anamorph

an asexual reproductive stage

水無月、六月。
雨が歩みを止め、心を冷やす。
人は地に足をつけ、皆が同じ歩幅で歩く。


そんな月。
俺の生まれた季節。





良くなることも無く、悪くなることもない。
そんな毎日を過ごしていた。

6月半ばのある日、受付の南が仕事中に話しかけてきた。


「塚田!! あたし英語勉強したい。教えて!!」

「どうしたの急に?」

「何か一つくらい特技を持ちたいんだ・・・。いい加減頭悪くてもいい年じゃなくなってきたし。。。」



突然の申し出と、その理由で思わず笑ってしまった。

吉本さんとの一件があってから、なんとなく空っぽになってしまった俺は、何もやる気が起きなかった。

人に何かを教えていれば、なんとなく気持ちがまぎれそうだと思い、軽い気持ちで引き受けた。


「ただ、あたし頭悪いからね。よろしくね。」


そう言った彼女は、とても嬉しそうだった。



それから週2回、ファミレスや互いの家で英語を教えることになった。


4度目の勉強会だったと思う。

「そういえば、塚田って今月の末誕生日だよね?」

「うん。南さんは?」

「あたし塚田の2日前なんだよ!」

「そしたらさ、合同誕生会しない?俺ら彼氏彼女いないし、みんな呼んで祝ってもらおうぜ。」

「それいい!! そしたら寂しくないね。よし!さっそくみんなに声かけて予定を聞いてみよう!」


南は俺の2個上だったが、気の合ういい姉のような存在だった。
行動力もあるし、言いたいことをずばっと言うから、何をするにも物事がスムーズに進む。
すごく居心地がよかった。


南は受付の人たち、俺は自分の部署の人たちと連絡を取り、皆の都合のいい日をまとめた。

小まめに連絡を取り合い、会場の候補のレストランやら居酒屋をはしごしたりした。

なんとなく毎日が充実して、吉本さんとのモヤモヤを打ち消すにはちょうどよかった。

その間に、南とは色々話をした。


もちろん吉本さんとの話も。


彼女はあれから俺の話はしなくなったようだ。
周りも気を使っているようで、誰も話を振らなかったようだ。
ただ、前よりも素直というか、肩の力が抜けて、みなに溶け込めているようだった。

「塚田のこと相談してるうちに、壁がなくなったみたいだね。」


それを聞いて、少し気が楽になった。


「南さんはどうなの?」

南は自分の事はバカだと言うが、そんなことはなかった。
いつも人の立場になって考えられる、頭のいい優しい人だった。
その吸い込まれるような茶色の大きな瞳で、まっすぐに見つめられて優しくされれば、たいていの男は惚れてしまうんだろうなと思っていた。


「実は橋田からすっごいメールくるんだよね。」


橋田というのは、俺の部署の先輩で、あまり女慣れしていないような、「The一般男性」といった感じの人。
悪く言えば、あまり特徴の無い、そんな感じの先輩。いい人って訳じゃないけど、悪い人でもない。どこか俺に壁を作る人だった。


「どんなメール?」

「遊び行こうとか飲み行こうとか。」

「行かないの?悪い人じゃないしいいんじゃない?」

「いやぁ。。。正直二人は辛い。悪いやつじゃないんだけど、おもしろくないっていうか。しかも、それでがんばって楽しくしようとして絶対テンション高くなると思うんだ。それで長時間は辛い。」

光景が目に浮かんだ。
飲み会で盛り上げようと頑張るタイプだったのを思い出した。


「あぁ・・・。なるほどね。わからなくもない。てか俺橋田さんのこと誕生会呼んじゃったけど。」

「それは大丈夫だよ!二人じゃなければおっけー。でも英語教えてるのは内緒ね。」



橋田さんはそうじゃなかったようだ。


昼ごはんのときに食堂でおもむろに話しかけられた。

「塚田さ、最近南さんと仲いいけどなんかあんの?」

「なんもないっすよ?」

「でも誕生日一緒に計画したりしてんじゃん?」

「そうっすね。。単純に仲のいい姉弟みたいな感じです。恋愛感情みたいなものはないですよ。」

誤魔化そうとせず、感情も出さずに話しをした。

「信じていいんだな?」

「はい。」

「わかった。」


それ以上は何も話さなかった。
俺も何も聞きたくなかった。なんとも面倒な感じがしたから。



俺は男のこういう外堀を埋めていくようなやり方が嫌いだった。

一度女の人の恋愛対象外なれば、状況が変わることなんてなかなかない。
男によっぽどの秘密兵器やらギャップがなければ。

大体の男ってのはその奥の手ってのがない。あったとしてもそれが女性に響かない。


世の中には3種類の女性の気持ちをわからない男がいる。
恋愛対象外から、状況を変える難しさを知らないやつ。無知。
知っていて、状況を変えようと奇跡を試みるが、それが響かないやつ。空回り。
知っていて、武器も無いのをわかるから、どうにか外堀埋めていこうとするやつ。狡猾。


基本男はバカで、自分の好きなことばっかりやってしまう。
それをわかってくれる母親のような女性に大概の男は惚れる。


南はたぶん、そんな「俺を受け止めてくれ!」的な男に好かれるんだろう。


当時の俺はそんな感じに考えていた。




ごたごたに巻き込まれたくは無かったので、南には昼ごはんの時の一件はだまっていた。




そうこうしているうちに、誕生日会当日になった。

俺の部署からは、俺を含め男性陣のみ4人。もちろん橋田もいた。
受付側は女ボス以外4人。その中には吉本さんもいた。

こうやってみなで集まって飲むのは始めてて、時間はあっという間に過ぎていった。

吉本さんとは席が遠かったせいで、一言も話せなかった。

隣だった南ともなるべく話さないようにした。橋田の視線が嫌だったから。



そんな感じで会はお開きの時間になった。

お酒も入っていたし、皆楽しそうだった。橋田も吉本さんも。


「よかったね。」そんなことを皆を外で待っているとき南と話をした。

「塚田。ありがとね。幸せいっぱい。一年頑張れそう。」

「急に乙女だね。」

「えー。あと5年は乙女でいたいよー」

俺が笑うと、南も声を出して笑った。みんなは会話を聞いていなかったようで、きょとんとした顔で俺達を見ていた。


その後、店の前で解散になった。


雨が降っていたが、心はほかほか温かかった。





次の週、勉強会に現れた南はなぜか元気が無かった。


「どしたの南さん?」

「あのさ塚田。あたし吉本さんに悪いことしちゃったかも。あの子、あの日塚田の為にプレゼント用意してたんだって。ラルフのネクタイ。でもね、あたしと仲良いいとこ見て、渡すのあきらめちゃったんだって。塚田、吉本さんから何ももらってないでしょ?」

「あ・・・。うん。。何ももらってないけど。。それホント?誰が言ったの?」

「青田。あー。絶対あたしのせいだ。。」

青田は受付係りの一人。顔はいいが、人の噂が好きで、ちょっと信頼できないやつ。

「まー青田が言ってるから、多少大げさに言ってると思う。南さんのせいじゃないし。多分俺。気にしないでね。」


といいつつ、頭はパニックだった。


徐々に冷静になり、二つの仮説ができてた。

吉本さんは俺に対する気持ちは吹っ切れていた。ただ、仕事でもサポートしていたし、そのお礼として俺にネクタイを買った。ただ、俺と南が仲よさそうなのを見て、気持ちが蘇ってしまった。だから渡さなかった。

もう一つは、吉本さんはずっとあれからも俺のことを想っていて、俺のこと考えながら一生懸命ネクタイを選んだ。会の最中は席も離れてたし、そういう機会もなく渡しそびれた。帰り際に渡そうとしたが、俺と南が仲よさそうなのを見て諦めてしまった。


後者だったら、彼女はあの後どんな想いで家へ帰ったのだろう。渡せなかったネクタイを抱え、何を考えていたんだろう。
たぶん、いや絶対後者だったと思う。誕生会に呼んでしまったせいで勘違いをさせてしまったんだろう。
彼女を悲しませてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

彼女はその後の仕事のときも、いつもと変わらず笑顔で俺に接してきた。

どんな想いだったのだろう。悔しくて泣いたりしてるんじゃないだろうか。

心が張り裂けそうだった。

自分だったら、そんな状況で、彼女のように笑顔でいれないから。


自分はなんてバカなんだと後悔をした。





その翌日、橋田に呼び出された。


「お前さ、吉本さんのことどうすんの?あの子お前のことすごい好きなんだよ?かわいそうじゃんか。」

青田が言ったんだろうと察しがついた。


「大体さ、南さんとも絶対なんかあるんだろ?」

「それはないです。」

青田に対していらだっていたせいで、なんとなく強い物言いだったのかもしれない。

「だったら、目の前でいちゃいちゃすんのとかやめろよ!仲良くするのやめて吉本さんのこともっと真剣に考えてやれよ!」

こっちの気持ちも考えない、橋田の強い言い方にイラだってしまったのだろう。
俺は橋田を睨みつけていた。

苛立ちのおかげで頭の中では
「あぁ。こいつは俺と南の間に距離作らせて、その間に南をどうにか自分のものにしたいんだろう」と考えていた。


しばらく睨んだままでいると、橋田は
「そういうことだから。まじで自分勝手も大概にしろよ。」
と言い、どこかへ消えていった。







こうして橋田は俺との間に完璧に壁を作った。

そして俺は全ての男に壁を作った。


今となってはなんて馬鹿だったのだろうと思う。


そして、南との勉強会もやめてしまった。

親しい人とも距離を置き始めた。


自分がいたらないばかりに、人を傷つけ、自分に苛立つのが嫌になった。


深く傷ついたが故に、自分のせいで人が傷つくのが耐えられなかった。


雨は俺の気持ちを立ち止まらせた。

好きだった季節が嫌いになった。













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