心の中まで曇らせる
明日は晴れればと期待をするが
相も変わらず足はぬかるみに取られ
気づくと毎日下を向く
人の気持ちに振り回され、人の気持ちに踏み入られ、あれこれ言われる間に、俺の心はどこか遠くに行ってしまった。
波風立てずに暮らしたいと、ただそれだけを願っていたのに、6月の雨と夏の匂いが周りを浮き足出させたせる。俺の希望は手に入れられない夢のように思えてた。
誕生会から2週間、俺は忙しいふりをしてみなと距離を置いた。
人の気持ちに振り回されないのは気が楽だったが、胸にぽっかり穴が開いたみたいだった。
それがひどく疲れているように見えたようで、事情を知らない職場の人たちは「疲れてるけど大丈夫?」と心配してくれた。
ただ吉本さんは違った。
相変わらずニコニコしながら接してくる。むしろ前よりよく話すようになったが、会話は彼女が8割、俺が2割話すような会話だった。
7月の半ばが過ぎた頃、吉本さんとの仕事になった。
終業間際に吉本さんが話し始めた。
「そういえば塚田さんって何が好きなんですか?」
「趣味とかってこと?」
「何でもいいです。好きなもの。車とか自然とか。漫画とか。」
「んー。音楽と映画かな。吉本さんは?」
そう言うと、吉本さんは目をキラキラさせてこちらを見ながら
「私、ディズニーランド好きなんです!幸せな気分になるんですよー。特にショーとか最高です!!」
幸せそうな顔をしながら遠くを見ていた。目をキラキラさせながら。
「塚田さんは行きます?ディズニーとか?」
「好きだよ。彼女いないと行かないけどね。てかショーか。見たことないな。」
「楽しいですよ!! 元気出るんです!!」
「そうなんだ。楽しそうだね。」
「そうなんです!!だから行きましょう!!」
「?」
「次の休みの予定は?」
「・・・・?特に何もないけど。。。」
「はい、じゃ決まり!! じゃ、○日に私の家に○時に迎えに来てください。じゃ詳しくはメールで!」
そう言うと、ニコっと笑い去っていった。
頭の処理が追いつかなくて、脳が考えるのを止めてしまった。
しばらくその場を動けなかった。
理由がないので断れず、ついにその日になってしまった。
というか、なんとなく、誘ってくれた理由がわかったから断れなかった。
元気がなかった俺を励ましてくれようと、彼女なりに考えてくれたんだろう。
だから、恩返しの意味も込めて、一日楽しむことにした。
それが恩返しの半分。
もう半分は、楽しんでもらおうと、ちょっとだけ無理をした。全力で楽しむ気持ちにはなれなかったから。
だから、半分は楽しいふりをした。吉本さんの為に。
開園直後に到着し、吉本さんの完璧なガイドのおかげで、乗りたいアトラクションを次々と制覇していった。
夢の国ってのはすごい。
あの中にいるだけで、嫌なこと忘れてしまう。
楽しくなって、一緒にいる人にも同じように楽しくなってもらいたくなる。
お昼過ぎぐらいだったろうか、
「これからショーの席を確保しに行きます!始まるまで時間はありますが、いい場所で見たいんです。これだけは譲れません!」
なんだか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「だいじょぶだよ。初めてだから、頼りにしてる。よろしくね。」
そう言うと、吉本さんは顔を赤くして下を向きながら、俺の手を握ってきた。
「・・・じゃ、早く行きましょう!!」
そう言うと、早足で歩き出した。
場所に到着すると、吉本さんはショーが始まるまで、その素晴らしさを熱く語った。
熱弁だった。
その間、ずっと手はつないだままだった。
あっという間に時間が過ぎて、ショーが始まった。
楽しかった。自分でも驚くくらいに。
普段なら絶対やらないが、教えられた振り付けを軽く踊ってみたりもした。
踊るキャラクター達を食い入るように見つめる吉田さんを見て、嬉しくなった。
ショーが終わって歩き出したとき、今度はこっちから手をつないでみた。
一瞬驚いた顔をした後、少しはにかんで、
「さ!次行きましょう、次!」
と言って歩き出した。
一日があっという間に過ぎた。
俺も笑っていたけど、吉本さんが笑っているのも沢山見れた気がした。
夜のパレードが終わって軽くお土産を買った後、閉演まで少し時間があったのでお茶をしていた。
「楽しかったなー」なんて考えながらぼーっとしていた。
考えてみれば、その日初めて会話が途切れていた。
気づくと吉本さんは声を殺して泣いていた。
俺は狼狽した。
たぶん、20mくらい先の人から見ても「あの人狼狽してる。」ってわかるくらい。
「どうしたの?!何があった??大丈夫??」
立ち上がってあたふたしていると、
「大丈夫です。。ちょっと・・・座ってください。。」
言われるがまま席に着き、吉本さんが落ち着くのを待った。
落ち着こうと、泣き止もうと何度もしているのだが、その度にまた泣き出していた。
「大丈夫だよ。落ち着くまでここにいよう。閉園時間になっちゃっても、なんとかしてもらうから。だから、落ち着くまでここにいよう。」
そう言うと、吉本さんはいよいよ本気で泣き出した。
「そ゛う゛い゛う゛の゛す゛る゛い゛て゛す゛ー。」
「???」
「いつも優しくて、でもずっと最近元気なくって。だから今日は私が元気出してあげようって思ったのに、それでも優しくって。知ってますから。今日も気を使ってくれたこと。そういう優しさがずるいんです、好きなんです。放っておけないんです。
もう忘れようって決めたのに。今日は友達って決めてたのに。やっぱり好きなんです!!
ダメだって思っても、手繋ぎたくなっちゃったし、でも塚田さん拒否らないし。嬉しいけど『また塚田さん気使ってくれんのかな』って思うと悲しくなるし。でも嬉しいし。
わかってるんです。塚田さんが彼女作る気ないこと。
だから考えないようにして、てか考える暇ないくらい今日楽しくって。
でも、『ここ出たら違うんだよな。今日だけで満足しなきゃ。』って納得しようとしたら、やっぱり我慢できなくって。。。」
そう言うと彼女は顔を上げ、俺を見つめ、
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ 面倒く゛さ゛い゛で゛す゛よ゛ね゛ ほ゛ん゛と゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃぃ」
また顔を伏せ泣き出した。
俺は彼女の隣に座り、手を繋ぎ、泣き止むまで抱きしめた。
もう閉園だとパークスタッフに告げられてしばらくした後、彼女は俺を押しのけた。
「もう大丈夫です。行きましょう!! 知ってます?閉園過ぎても居座ると、本物のねずみにされちゃうんですって。」
少しだけ、口元に笑みを浮かべると、彼女はすっと立ち上がり歩き始めた。
車に戻るまで、会話はなかった。
エンジンをかけた後、彼女は一言だけ
「夢は夢のままがいいですね。」と言った。
俺は何も言えなかった。
それから彼女の家まで会話は無かった。
「じゃ、また会社で。明日から頑張りましょうね!!」
そう言って吉本さんは車から降りていった。最後まで笑顔が眩しかった。
そこからどう帰ったか覚えていない。
同じ考えがずーっと頭の中で繰り返していた。
好きだから、吉本さんが楽しいのをみて、俺も楽しくなったのか。
好きだから、吉本さんの手を拒否しなかったのか。
好きだから、手を握ったのか。
それとも、ただ単に彼女を傷つけたくなかったからか。
かわいいし、いい子だし、俺を想ってくれている。
それでも付き合うという選択肢には行き着かなかった。
もし付き合っても上手くいかないんじゃないのか。
俺みたいな人間、すぐに飽きられる。
また、同じように好きなまま、どっか行かれてしまう。
次また、同じような結果になったら、俺はどうなってしまうんだろう。
その恐怖心を消す答えがどうしても見つからなかった。
気づくと、元彼女と聞いた曲が流れてきた。
よく車で流れていた曲。
涙が止まらなくなった。
心はまだ癒えていなかった。
中途半端だったから、誰かを傷つけた。
自分の傷いつ治るかわからなくて、傷つけてしまった相手にどうしたらいいかわからなくて、先が見えなかった。
もっと悲しくなった。
昔は浮かれていたはずの8月が、もうすぐそこだった。
太陽も、キラキラも、もう十分だった。
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