私は睡魔に引き裂かれて陥落寸前だった。
しかし、映像が目に飛び込んできた瞬間、睡魔は消え去った。
「?????」
「!!!!!」
こんな感情が一度に来たのは久しぶりだ。
まさか、だった。
ジダンに何が起こったのか???
勝っても負けても“有終の美”のはずだった。
それは個人のことだけではなく、チームにとって、家族にとって、サポーターにとって、マスメディアにとって、ファンにとって、祖国にとって、とにかく様々な本人以外の誰かさんにとって、だった。
しかし、それをあと僅かというところで、自らがブチ壊してしまった。
カッとして…体じゅうに逆巻く感情がのっとったように見えた。
鋭くきびすを返し、そして、コトを起こしてしまった彼の思考は止まっていて、感情だけに突き動かされていた… ように見えた。
結果に対して、
責める人、嘆く人、悲しむ人、怒る人、怪しむ人、慰める人、これまたいろんな誰かさんがいた。
その裏で、
歓喜に身をあずける人がたくさんいた。たくさん、たくさんいた。
これが勝負だ。
しかし、その部分とはまったく異なる後味の悪さが、ずっと私を捕らえて離さない。
ジダンは、なぜ?
彼の気持ちを想うと、苦しくてならない。
自分がしたこと、招いたこと、そんなこと、正気に返った彼には百も千も承知だったことだろう。
しかし、なにより、すべての理性をふっとばすほどの、人生の素晴らしい節目になったに違いない舞台をぶっ壊してしまうほどの、「何か」に反応せずにいられなかった、自分の「軸のまっすぐさ」が苦しいだろう。まちがったことをした、とは思いたくない、でも、止められないほどの激情が招いた結果は間違った方向に導いたという事実は彼を傷つけるだろう。
真相は彼の口から語られてほしくない。
それは彼を2度も3度も傷つける行為となる。
そんなのはごめんだ。
でも、誰かマテラッツィがどのような「言葉」を「技のひとつとして」投げつけたのか解読してほしい。
後味が悪すぎる。
できれば、フィーゴと暑苦しいほどの汗を吸ったユニフォームを交わして抱き合った、あのジダンの姿で私は記憶をとどめたい。正々堂々という姿、そしてその心が私には美しくみえるのです。