これは2004年2月に『ピンク・フロイド・バレエ』を観たときに書いた文章です。2004年2月に個人サイトで公開した後、翌月に〈ザ随筆〉の一部として公開したこともあるものですが、今回の再々録にあたっては、改行箇所や敬称等で、細部を改めています。
この日のステージに魅了されたことがきっかけで、しばらくのあいだ離れていたピンク・フロイドのアルバムをまた聞き直すようになりました。
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■ピンク・フロイド・バレエ
■曲目とダンサー、収録アルバム
■ピンク・フロイドの音楽の映像化、映画『ザ・ウォール』
■ライブ・エイドとその後のライフスタイル
■そして今「エコーズ」の歌詞に思うこと
■『ピンク・フロイド・バレエ』カーテンコール
■資料など(2004年当時)
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■ピンク・フロイド・バレエ■
ローラン・プティ振付×牧阿佐美バレヱ団
『ピンク・フロイド・バレエ』
2004年2月7日(土) 19:00 東京 NHKホール 。
振付:ローラン・プティ 音楽:ピンク・フロイド
出演:マリ=アニエス・ジロ/シャーロット・タルボット/リエンツ・チャン/アルタンフヤグ・ドゥガラー/草刈民代/上野水香/菊地研/ほか牧阿佐美バレエ団
振付家ローラン・プティ氏の最新作です。70年代に音楽界を席巻したイギリスのプログレッシヴ・ロックバンド、ピンク・フロイドの音楽と、モダンバレエを融合したステージ。世界のトップダンサーに牧阿佐美バレエ団のダンサーが加わり、総勢50人以上の出演。
ステージ衣装はモダンバレエのもので、全員が白いコスチュームなので、大勢のパフォーマンスになるときは、広い砂浜に打ち寄せる波を眺めているような美しさでした。
観客は、バレエのファンとピンク・フロイドのファンにほぼ二分されていたのではないかと思います……わたしの場合は後者。でも、ケイト・ブッシュのライブのマイムはあこがれでした。1曲目の「Run Like Hell」を聴いているときは、つい『ザ・ウォール』の映画のシーンが思い浮かんでしまいましたが……。
ローラン・プティがインスパイアされたのはピンク・フロイドのサウンドで、ピンク・フロイドの歌詞ではないらしいというのは何となくわかっていました。ですから、この日は、ピンク・フロイドのサウンドの力強さ、優しさ、しなやかさを、バレエダンサーのひとたちの体のヴィヴィッドでしなやかな動きが表現してゆくのを楽しんできました(三列目の席だったので、踊るときは指先までピンと伸ばしているフォルムもよく見えて、踊るときって全身の神経がひとつになっているんだなぁっていう感じがしました)。
■曲目とダンサー、収録アルバム■
......Part.1......
★ラン・ライク・ヘル
DANCER:菊地研
★マネー
DANCER:
相羽源氏、逸見智彦、塚田渉、保坂アントン慶、
邵治軍、佐藤洋介、今勇也、阿南誠、
中島哲也、高橋章、森川次朗、秋山聡
★イズ・ゼア・エニバディ・アウト・ゼア
DANCER:リエンツ・チャン
★ノウバディ・ホーム
DANCER:アルタンフヤグ・ドゥガラー
★ヘイ・ユウ
DANCER:
シャーロット・タルボット、リエンツ・チャン
★吹けよ風、呼べよ嵐
DANCER:20 Couples
★ユージン、斧に気をつけろ
DANCER:
上野水香/アルタンフヤグ・ドゥガラー、
シャーロット・タルボット/逸見智彦、
草刈民代/菊地研
★雲の影
DANCER:20 Couples
★ホエン・ユーアー・イン
DANCER:辻本知彦、佐藤洋
★虚空のスキャット
DANCER:草刈民代/リエンツ・チャン
......Part.2......
★エコーズ
DANCER:
上野水香/アルタンフヤグ・ドゥガラー、
相羽源氏、今勇也、菊池研、20 Couples
★ラン・ライク・ヘル
DANCER:マリ=アニエス・ジロ、
辻本知彦、佐藤洋介、森川次朗、柴一平
★エコーズ
DANCER:
リエンツ・チャン/シャーロット・タルボット、
菊地研、(final) All members
★吹けよ風、呼べよ嵐(カーテンコール)
DANCER:
20 Couples~All members、ローラン・プティ
......Part.1......
★Run Like Hell
THE WALL(1979)
★Money
THE DARK SIDE OF THE MOON(1973)
★Is There Anybody Out There?
THE WALL(1979)(1990)
★Nobody Home
THE WALL(1979)(1990)
★Hey You?
THE WALL(1979)(1990)
★One Of These Days
MEDDLE(1971)
★Careful With That Axe,Eugene
UMMAGUMMA(1969)RELICS(1971)
★Obscured By Clouds
OBSCURED BY CLOUDS(1972)
★When You're In
OBSCURED BY CLOUDS(1972)
★The Great Gig In The Sky
THE DARK SIDE OF THE MOON(1973)
......Part.2......
★Echoes
MEDDLE(1971)
★Run Like Hell
IS THERE ANYBODY OUT THERE?
THE WALL-LIVE EARLS COURT 1980-1981(2000)
★One Of These Days
MEDDLE(1971)
■ピンク・フロイドの音楽の映像化、映画『ザ・ウォール』■
『ピンク・フロイド・バレエ』の曲目はいくつかのアルバムからのセレクトでしたが、曲の数でいちばん多かったのは79年の二枚組アルバム『ザ・ウォール』からのもの。
他の曲目も、たまたまわたしの聞き続けてきた時期のピンク・フロイドと重なっていたのですが、つい比較してしまいました(アルバムMEDDLE(1971)~映画THE WALL(1982))。
ローラン・プティ氏がこのコラボレーションで着目したのはピンク・フロイドのサウンドですが、『ザ・ウォール』の収録曲でサウンドも詞もアグレッシヴな「Run Like Hell」は、『ピンク・フロイド・バレエ』のオープニングではソロで舞うステージだったことで、孤独の重さに堪えられない中で孤独を生き抜こうとしていた元知人たちと過去の自分自身を思い浮かべました。
ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』は、発売から3年後の82年に、アラン・パーカー監督でロックオペラ風の映画になりました。そのときの主演男優は、2年後の84年に〈バンド・エイド〉を呼びかけるボブ・ゲルドフです。
映画の『ザ・ウォール 』も、ピンク・フロイドのサウンドの映像化ですが、曲よりも歌詞の世界のほうに忠実な映像の世界と言えそうです。
ストーリィとしては〈ピンク=フロイド〉という名前の、架空の男性ロックミュージシャンの半生記。
主人公ピンクは、太平洋戦争で父を失い、母子家庭で孤独な少年時代を送ります。想像のイマジネーションの世界に自分の居場所を見つけていくピンクですが、学校では異分子の生徒ということで先生からいびられる毎日。
青年になるとピンクは恋人と結婚し、売れっ子のロックスターになって世界中を飛び回るようになります。けれども妻との溝が深まって、やがて結婚生活は破綻。ピンクは、ツアー先でホテルの部屋をメチャメチャに破壊します。
それでも契約で無理矢理ステージに立たされてしまうので、ピンクは、心に壁を作って、自分ひとりの世界に閉じこもっていきます。やがてピンクは、突然ナチス風のコスチュームに身を固めて独裁者のように振る舞うようになり……映画の結末までは色々と波乱万丈。
……この映画が公開されたときは、わたしも映画館に足を運んだのですが、栄光を掴んだロックスターの孤独かつ孤高な精神という風にとらえていたようです。けれども、これって、引き込もり物語でもあるのですよね。もし今この映画を見たら見方もだいぶ変わってくるような気がします。自分自身も含めた色々なひとの色々な孤独を知る機会も経験したし、フロイトやユングの心理学とも関係が深い『ギリシア神話』も読むようになったので。
主人公ピンクが想像のイメージのなかで、自分の周囲にレンガの壁を高く築いて、その中央にうずくまっていくシーンは、『ザ・ウォール』の中に何度も出てきました。
■ライブ・エイドとその後のライフスタイル■
映画『ザ・ウォール』の主人公ピンクを演じていたのは、当時イギリスのニューウエーブ系のバンドにいたミュージシャンのボブ・ゲルドフですが、ご本人は、この映画の主人公とは正反対の心の豊かな方だったようです。
ボブ・ゲルドフは、ブームタウン・ラッツのボーカリスト。1984年の秋。ボブはテレビのニュースで飢餓に苦しむエチオピアの人々を見て、チャリティのレコード制作を企画。ミュージシャンの友達の一人、ウルトラボックスのボーカルのミッジ・ユーロと共に作ったオリジナル曲は「Do They Know It's Christmas?」。彼らの呼びかけで集まった40名近くのミュージシャンの一時的なユニット・バンドの名前は〈バンド・エイド〉。
翌年の1985年にはアメリカでも同じような企画ができて、そちらのバンド名は〈U.S.A. フォー・アフリカ〉曲名は「We Are the World」。
85年の夏には、両方が合体したイベント "ライブ・エイド" が開かれました。アメリカではフィラデルフィアのJFKスタジアム、イギリスではロンドンのウェンブリースタジアム、このふたつの会場で同時に開催して、衛星放送による全世界での生中継。約16時間に渡る一大チャリティーイベントでした。
"ライブ・エイド" の多数の出演者の中には、当時活動を休止していたピンク・フロイドのメンバーもいました(ロンドンのステージの方で、ブライアン・フェリーが歌っているときのギターがデヴィッド・ギルモア。数年後だったらピンクフロイドとして出演していたのでしょうか)。
ボブ・ゲルドフは、"ライブ・エイド"の後、そこまでの功績を認められてノーベル平和賞候補にもなりました。
昨年(2003年)は、U2のボーカルであるボノも、ノーベル平和賞候補になりました。ボノも、84年のバンドエイドや85年のライブエイドに参加していたミュージシャン。チャリティブームがピークを過ぎた後も、アフリカの現地でボランティア活動をしていて、21世紀になってからも、発展途上国が持つ債務を軽くする呼びかけを続けるなどの活動を続けてきたひとです。
85年の"ライブ・エイド" をきっかけに、世界中で音楽チャリティーが盛り上がりをみせる時期がしばらく続いていたのは確かです。
その後の時代がどうなってきたかっていうと、言葉がうまくまとまりません。
ライフスタイルは色々な面で変わって、個人的な自由もだいぶ許される時代になったと思います。けれども、一見自由に見えて実際にはそうでもなさそうな人の方が多いような気がします。何が自由なのかが見えにくい時代なのかもしれません。
周囲の他人との関わり方という以前に、自分自身への問い掛けや自分との闘いをすることについて、消極的な人の方が多い時代になっているのかもしれません。
■そして今「エコーズ」の歌詞に思うこと■
久しぶりに、ピンク・フロイドの「エコーズ」の歌詞を読み返しました。
ピンクフロイド結成から4年目7作目のアルバム『MEDDLE/おせっかい』(1971) に収録されていますが、LPではこの一曲でB面全体を占めていました(23分)。
初期からのメンバーで後に映画『ザ・ウォール』の脚本にも参加するロジャー・ウォーターズの書く詞は、ちょっと重めで哲学的ではあるのですが、シャイでストイックなところと、孤独と孤高の狭間にいるよう雰囲気がとても好きでした。今のわたしは、むかしよりもさらに深く好きになっているのかもしれません。
自分としては、孤独を楽しみながら生きているつもり。けれども、足りないところを周囲から補ってもらうことで生きていけるのだと分かってからは、孤独だけを好んで表現していくことには抵抗を感じてしまう半端な大人として生きています。
たとえば、とても大事な家族や家族同様の人が旅立って泣きたいとき、自分よりも先に泣きだしたひとが近くにいると泣くのが後回しになってしまいます。
夜中に自分の部屋にひとりでいるときに、身の回りの悲しい出来事やそれらに対して無力な自分自身を見つめるときのわたし、ときにはしみじみと自分を泣かせてあげるときのわたしというのは、『ザ・ウォール』の主人公ピンクが想像のイメージのなかで自分の周囲にレンガの壁を高く築いて、その中央に閉じこもる姿と、大差はないような気がします。
ピンク・フロイドの初期には、シド・バレットが、イノセントな優しさと鋭さがミックスしたような詞を書いていました。2作目のアルバム『A SAUCERFUL OF SECRETS/神秘』(1968) の途中で、心の周りに壁を作るような感じでバンドから離れていったひとです。
シドのいなくなった後の長い年月、フロイドで多くの詞を書いてきたロジャー・ウォーターズがバンドから抜けるのは、『ザ・ウォール』(1979) の次にリリースされたオリジナルアルバム『ファイナル・カット』(1983) の2年後。
「エコーズ」は、これから自殺するという場合の遺書を書くときのBGMになりそうだなぁというのが、初めて聴いたころの印象でした。
けれども、歌詞の終わりのほうの〈誰もわたしにはララバイを歌ってくれない〉というフレーズのところまで聴くと、思うことは、むかしも今もいつも同じです。
誰からもララバイを歌ってもらえないなら、自分で書いて自分自身に向けて聴かせれば、それでいいのではないかしら、って。
今ほどいそがしくなかったむかしは遺書を書きたくなって書かずじまいだったことは何度かありますが……ただ、「エコーズ」は、特別に気に入っていて、もったいなくてBGMどころかふだんでもむやみに聴くことはしないという感じの曲でした。
後に編集の仕事に携わるようになってからは、セルフピティの文章というのは技術的に相当がんばらないと、読む側としてはなかなかつらいものがあるということに気づいたこともあって、自分でも後ろ向きな主張は控えるようになったように思います。
「エコーズ」の詞のおわりは、こういうフレーズです(和訳:はるか)。
誰もわたしにはララバイを歌ってくれない
わたしの瞳を閉じさせてはくれない
だから 窓を大きく開いて
空を越えて あなたに呼びかける
この詞の中の〈あなた〉は、どこかにいるかもしれない神様か救済者に解釈することもできるけれど、自分をしあわせな気持ちにしてくれる誰かを漠然と待つのではなく、〈あなた〉は限定されているほうが、いいのではないかしら。
待つだけよりも、自分のほうから〈呼びかける〉。
それは、あいかわらずこの世に未練の大きい人間の自然な姿だと思います。
■『ピンク・フロイド・バレエ』カーテンコール■
カーテンコールでは何度もステージに現れたローラン・プティ。
ブラックのラフなシャツスタイル。
白いコスチュームで並んで立つダンサーたちの脇を歩きながら、
ひとりひとりの肩や髪に置かれる手、「おつかれさま」を語りかける姿。
客席に向けるうれしそうな笑顔、椅子席の右端にも左端にも向けられる目線。
そして、カーテンコールの一段落ごとに、両手で投げキッス、プラス、その両手を合わせながらの日本風のお辞儀。
アンコール的に繰り返された曲は「One Of These Days/吹けよ風、呼べよ嵐」。
〈近頃の一人〉としては、ローラン・プティのステージングも
歩き方も仕草もしなやかで洗練されていて、少しだけお茶目だったところも含めて、とてもとてもすてきでした。
■■ 資料など ■■
■資料 その1
ピンク・フロイドとバレエの関係についてのコラム。
http://www.avis.ne.jp/~fancysc/column34.html
ピンク・フロイドの評論集『幻燈の中の迷宮』(97年発行 八幡書店 ISBN4-89350-323-5)の著者、今井壮之助さんのサイト。このページには、最新の情報のほかに、今回の公演の原型になっている1972~73年のフランスのステージの様子なども含まれています。美しく読みごたえ見ごたえのある、とてもうれしいページです。
こちらがトップページです。
http://www.avis.ne.jp/~fancysc/
■資料 その2
"ライブ・エイド" のボブ・ゲルドフの近況
デヴィッド・ギルモアのロンドンライブからのムービーファイル。
http://www.pinkfloyd.co.uk/main.php?flash=present&quicktime=present
ピンク・フロイドのオフィシャルサイト (U.K.)。
87年からピンク・フロイドとしても復活しましたが、ソロとしてもステージに立つデヴィッド・ギルモアの、2001年のライブステージには、旧友のミュージシャンが三人ほどゲスト出演していました。
そのひとりが、85年の"ライブ・エイド" 企画者だったボブ・ゲルドフ。映画『ザ・ウォール』の中にも出て来たブルース風のバラード「Comfotrably Numb」(何も感じないって気持ちいい…) を歌っている姿を見ることができます。
■資料 その3
"ライブ・エイド"の出演者、曲目、その他の資料
(U.S./FRENCH)
http://dazibao.cjb.net/
"ライブ・エイド" のステージでは、ブライアン・フェリーのバックとしてギターを弾いていたデヴィッド・ギルモア。70年代の終わり頃、ケイト・ブッシュのデビューのときプロデュースをしたひとでもあるのでした。
■資料 その4
ピンク・フロイドの代表曲+映像+歌詞。
映画「ザ・ウォール」からのムービーファイル。
http://www.pinkfloyd.co.uk/echoes/index.html
ピンク・フロイドのオフィシャルサイト(U.K.)。2004年2月現在は、2枚組ベストアルバム『ECHOES the best of PinkFloyd』(2001年リリース) のプロモーション中。
このサイトではそのCD中からの20曲を、歌詞を読みながらフルコーラスで聴けます。
★Hey You?
★One Of These Days(吹けよ風、呼べよ嵐)
★The Great Gig In The Sky(虚空のスキャット)
★Echoes
★Another Brick in the Wall, Part II 映画『ザ・ウォール』からのクリップ有。
★When the Tigers Broke Free 映画『ザ・ウォール』からのクリップ有。
★Money
他、計20曲。
VIDEO PLAYERリンクから見ることのできる、オムニバスのムービーの中では、「★ECHOES EPK★」がベリーナイス。ビデオクリップ、映画、ライブステージ、インタビューなどの詰め合わせ。冒頭とラストで、アルバムジャケットの登場する順番が逆になるのが心憎いです。
ムービーの前半はシド・バレットの姿がいっぱい出てきて、全体が彼に捧げるような構成になっているのがしんみりします。
ベストアルバム『ECHOES the best of PinkFloyd』は、日本語版の『ECHOES~啓示』は、『ピンク・フロイド・バレエ』の上演会場、NHKホールのロビーのショップで買ってきました。
1967~2001年の代表作26曲収録のお買い得盤。
Disc2の後半の曲順は、デビューシングルだった「Arnold Layne」の次に、シドへのオマージュとして75年にリリースされた「Wish You Were Here」、その後に初期のシド作品が続きます。
CD全体がシド・バレットに捧げるような構成になっているのがしんみりします。
___________________FEB. 2004.
___________________MAR. 2004.
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ローラン・プティ『ピンク・フロイド・バレエ』 1972 - 2010