Jaco Pastorius | ソロ・ベーシスト奥田治義のblog

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Jacoの1stソロ・アルバム。



Jacoの登場前と後では、ベーシストが見ることの出来る風景は、一変しました。

「見ることの出来る」

と書いたのは、テクニックは勿論ですが、そのベースにおける音楽的可能性を、大きく前進させたことに、本当の意味で気が付けるかどうかにかかっている、という意味があるからです。

テクニックの面は、全てのベーシストが気が付きました。

例えばドナ・リーにおいて。
続く2ndアルバムにおける、クロマティック・ファンタジーにおいて。
(ウェザー・リポートにおける壮絶とも言えるソロもそうでしょう。)

僕が着目したのは、コンティニュームとポートレイト・オブ・トレイシーの普遍性です。

Jacoはこの2曲で、エレクトリック・ベースの独奏楽器としての可能性を示しました。

コンティニュームはフェンダー・ローズとドラム、パーカッションの伴奏こそついていますが、この曲は明らかに独奏楽器としてのエレクトリック・ベースの楽曲として成立し、しかも普遍性を持っています。

ポートレイト~に関しては言わずもながです。

ライブではMXRのディレイをループに使って、凄まじいパフォーマンスを見せ、それこそ沢山のフォロワーを生み(僕もご多分に漏れることなく、15年前までは盛んにやりました。)、機械の進化とともに現在に至るのですが、どうも独奏楽器としてのエレクトリック・ベースの可能性を押し広げる方向には、中々進んでいない印象です。

一つには音域の問題があるでしょう。

Jaco自身も晩年のインタビューで、「24フレットの楽器を使いたい。」といった主旨の言葉を残していたように記憶しています。

僕はこの「独奏楽器としてのエレクトリック・ベースの可能性と普遍性」にチャレンジしているのですが、僕ごときがチャレンジすることを、果たして天国のJacoはどう思っているのでしょうか。


そして最後に、このアルバムの終曲では、Jacoは演奏せずに、楽曲を提供しているだけです。

その成果は次作で花開きます。

「スリー・ビューズ・オブ・ア・シークレット」はその代表作です。

この美しいゴスペル(ゴスペルと呼ぶことに異論があるかも知れませんが、僕は友人の演奏を通して、その事に気が付きました。)は、ずっと愛される名作でしょう。