ギャラ | ソロ・ベーシスト奥田治義のblog

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レコーディングはあと1日を残すのみ。
中々順調に進行しているんじゃないかと思います。

今回は二人の素晴らしい音楽家に演奏を依頼して、期待以上の素晴らしい演奏を収録することが出来ました。

惜しむらくは、その素晴らしい演奏の対価としてのギャラです。

もちろん、自分の出来る範囲の額(一応相場みたいなものもリサーチして)はお支払いしました。

しかし、安い。

お二人とも「過分です!」と言ってくださったが…。

逆に言うと、普段のギャラが少ない、少なすぎる、のでは?との疑問が湧いてくる。

プロの音楽家で、例えばライブをやって、ギャラが保証されている(例えば一晩のギャラが諸経費含めて数万円)のは、極々少数だろう。

某音楽家は、昔は一晩のギャラが数十万だったが、最近は数万円、つまり10分の1にまでになったとか。

そしてそういう所謂ビッグ・ネーム以外、他の音楽家の場合は殆どチャージ・バック(入場収入の何%かを店側が音楽家に支払う)で、支払われるんじゃないだろうか。

今回のようなレコーディングでも、広島辺りだと、相当安いような気がする。

チャージ・バックは悪い訳ではない。

その音楽家の人気のバロメーターだ。

人気があれば、当然入場収入も増えるんだから。

ところが、人気はさほど無いけれど、音楽的に素晴らしいとか、とても前衛的ではあるけれど、入場者数に直結するようなポピュラーなものがあまり無いという音楽家の場合は、事態は深刻だ。

発表の場がどんどん減って行く。

ということは、オーディエンスは意欲的で進歩的な音楽に触れる機会が減ってしまう。
いつもスタンダードやカバー、オリジナルだとしても、いつかどこかで聴いたことがあるような音楽ばかり聴かされてしまうことになる。
(例えばjazzのスタンダードが悪いと言っている訳ではない。jazzには即興演奏という、進歩的なことにチャレンジする余地がある。)

音楽家たる者、新しいことにチャレンジしたいといつも思っている。

それを発表する機会が無い、ということは大問題である。

音楽の進歩が滞ってしまう。

もちろん、演奏の対価であるから、音楽家は素晴らしい演奏を行う義務もある。

しかし素晴らしい演奏という評価は人それぞれだから、そんな抽象的な評価ではなくて、何がしかの基準が有ってもよいのではないか。

そういう方法論が無いと、本当の意味で良い音楽家は育たないし、若いプロの音楽家を目指そうとする層も減って行くのではないかと危惧される。

多くの音楽家は長い時間をかけて自己鍛練をして、ある水準以上の演奏力を身に付けてステージに立つ。

その対価があれでは。。。

尤も、つまらない演奏やステージをやって、大金を稼ぐ者もいるのも事実だが。

まあ、僕はそういうモノを見に行かないので、僕はそういうつまらないモノには支払わないんだけれど。



自分の作品のレコーディングから、様々なことを考えさせられた。