7月。
京都でカンファレンスが開催される。
4月の台湾カンファレンスのことすら、ロクに振り返ることができていないのに。
カンファレンスに限らず、あれも、これも、置き去りになっている。
何もアウトプットできていない気持ちである。
次から次へと、
怒涛のように押し寄せてくるよ本当に!
スピード感が、半端ない!
これまでも『すごい展開だなぁ〜』と感じることが多々あったけれども、全然まだまだ、甘っちょろいもんだったのかもしれない。最近のスピード感と比べたら、目じゃないぜ。今の状況こそが『もっと忙しくなる』ってことだったのかも??? しかし、これよりも、もっともっとスピードアップされたら振り落とされちゃいそうだぜ……と気弱になっちゃってる。
しかし書こうと思ったことを書けないからって、それが『失敗』ってわけじゃないのだ!
言った直後に反転しちゃうんだけど、どう〜も俺の中では、書こうとしていたのに実行できなかった場合『あぁ……うまく進められなかった……失敗した……凹むわぁ……』って気持ちが雨後の筍よろしく大量発生しがちである。
なんでだろうなぁ。
思いついたことをアウトプットして残せなかったからと言って、何が失敗なのであろうか?
命に関わることでもあるまいし。
けれども忸怩たる気持ちに沈むんだった。
思考回路、信念体系、考え癖などは、
まだまだ旧時代を引きずっているのだなぁ。
と改めて思う。
思考は、あまりにも遅い。
と、今、実感を伴って、思う。
宇宙的な采配、舞台の進行は、とんでもなく速い。光速なんてレベルじゃないスピードで動いてる。
人間の思考なんて、待ってくれない。
チャンスの神様の前髪みたいだ。
ヤベェ速度だぜ……。
ヤベェ速度になっているのに、
思考は旧型で、遅い。
最新のアプリを、ファミリーコンピュータでプレイするかのような、あり得ない組み合わせで動かしている感。
どんどん、新しくなる。
どんどん、旧時代とは価値観もミッションも、変わってく。
スピードも増している。
感覚的に『あ!』と気付けたなら、
『古い執着』から手を離して、
新しいスピードに乗ればいい。
それだけのことなんだ。
それだけのことなんだけど。
戸惑っちゃうんだよねぇ。
躊躇っちゃう。
何に対して躊躇うのか?
ううむ。
今までの場所や環境、考え方、繋がり、やり方などが、全部がすべて役に立たなくなるほどに、遥か遠く遠く、自分の後ろへと小さく流れていき見えなくなってしまって、触れることも思い出すこともできなくなる世界へ突入していき、別れを愛おしく過ごすことなどもままならず、猛スピードで次の次の次へと驀進していっちゃうことへの躊躇い。
なのかもしれない。
結局、変化への対応が、難しいってことなのだ。
怖い。
不安。
慣れ親しんだ世界への執着、未練、親しみ。
未知への期待ワクワクよりも、不安が大きくなる。
思考って、便利なようで、実は不便なのでは?
と、書いていて思った。
『直感』と言われているものは、
思考とか、論理とか、ぶっ飛ばして来る。
『そう感じたから🌟』
『そう思ったから🌟』
『閃いちゃったから🌟』
ここに、余計なプロセスは存在していない。
いきなり『全然違うもの』が降ってくる。
感覚優先の、この動きに、
頭のてっぺんまで浸れるか?
そんで、その心地よさを軸に動けるか?
ってことなのだろうなぁ。
論理とか、目的だとか、筋道とか、
長い長い理由の説明だとか、
そんなものが大きく聳えていたり、
そこら中に蔓延っていたりする環境に、
あまりにも慣れすぎちゃってて、
『え?!これが、ここで?!
論理じゃないじゃん!!
ジャンプしすぎだよ!!』
って驚いて、躊躇って、動きが止まっちゃうのだなぁ。
先人の智慧が書かれているような、
いろんなものを読んでいると、
『怖いと感じる方に進め〜🌟』
って記述が、あちこちにある。
先が見通せる安心・安全には、変革がない。
『変わらない』に等しい選択。
先が見通せないが、やってみたい。
しかし、見通せないから、不安で、こわい。
『未知に触れる』
『変化が起きる』
『これまでにない体験をする』
この、おそれ。
しかし、だからこそ変革が起きる。
過去の体験とは一線を画す、新たなことが、間違いなく、ある。
体験したい。
だけど、こわい。
って矛盾。
どんどんチャレンジしていける無鉄砲とでも呼べるような超・臨機応変マンになりたいぜ!
などと思う。
それくらいに、自分の思考の遅さ、躊躇いに、フンフン!しちゃう。
プンスカ ٩(๑`н´๑)۶ プンスカ!
スピーディに。
軽やかに。
ハートや直感に従って。
起きる全部を面白がりたい🌟
個の圧縮突破をしたい✨🚀✨
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