子どもたちに何を残せるのだろう。
すべての言葉はスマホで検索できるけれど、それが真実?
今まで自分が丸暗記したものは真実?
画面から流れる画像とアナウンスはすべて真実?
2歳も10歳も13歳も16歳も19歳も21歳も、1日に莫大な量の情報を受け取っているけれど、そのうちのどれだけがノンフィクションなのだろう。
幼稚な歌とバカげた笑いが流れる世の中で、子どもたちは大人をバカにしながら未来を探せずにいる。
本当は子どもたちの方が真実を知っている。
大人のルールに従うのが良い子と呼ばれるけれど、これからは良い子じゃ生きていけないよ。
大人のルールに従わないと生きづらいけれど、もう少ししたら子どもたちが正しいと分かる時が来るから。
もう少ししたら今の子どもたちが主役の時が来る。
大人は少し前に生まれてたくさん汚れてしまった。
だから、子どもたちの本音が怖い。
子どもたちに「どうして?」って訊かれるのが怖い。
私も持っていた言葉。
忘れていた本音。
こちらが訊きたい。
「どうしてなんだろうね。」
ママも分からないよ。
だから、だらしがないけれど一緒に勉強していくしかない。
いろいろ忘れてしまったから、子どもたちから訊きながら学んでいくしかない。
きっとママはいろいろ間違えて覚えてしまっているから、厄介だけれど。
家族という、同じ時代をたまたま生きるクラスメイト。
問題児は私だ。
古い公式を捨てられずにいる。
「ママ、それ古いよ、ずいぶん前に訂正されているよ」と指摘されても、なかなか納得がいかない。
「だって、ママはずっとこの公式で解いて来たんだよ。」
厄介な留年生をしている。
子どもたちはスイスイ解ける答に「習ったことと違う」とぶつぶつ言っている。
家族のクラスの学級委員長は長女だ。
みんなが長女の話なら聞く。
今年は落ちこぼれないように。
ママも給食係だけでなく、進級できるように勉強するね。
