年々早くなる。
子どもの頃はもっと長かったのに。
その理由は
①年齢が分母になるから。
8歳の1年は8分の1
50歳の1年は50分の1
80歳の1年は80分の1
だから。という説にずっと納得していた。
②初体験の量の違い。人間は初体験の時に時間を長く感じる。歳を取るに従ってだんだん初体験をしなくなり、マンネリになるので時間を短く感じる。
この説も納得。
そして、今日中谷彰宏先生の『歩くスピードを上げると、頭の回転は速くなる。』で新たな説に目が覚めた。
「若いうちは新陳代謝のスピードが速いので、世の中が遅く感じます。」
「年をとると新陳代謝のスピードが遅くなるので、世の中が速く感じます。」
「外のスピードが同じで自分の新陳代謝が遅れるから、外が速く感じるのです。」
この話にドキっとする。
1年間いろいろやったから速く感じるのではなくて、私の新陳代謝が遅くて世の中に乗り遅れていたのだ。
子どもたちは新陳代謝が速く、行動も速い。
「早くしなさい、早くしなさい」という時は自分が子どもの行動を読めていない時。
子どもたちのリズムから遅れているのだ。
早くすべきは私の方か。
すべて後手後手に回っている時に限って、バタバタして相手を急かしてしまう。
イラッとしないためには、ゆとりがあること。そのゆとりは圧倒的なスピードと量をこなすことからしか生まれない。
「抱っこ、抱っこ」と言われてしまう時は、こちらからの抱っこが少ないのだ。
「ママあれない?」と言われて、イラッとするのは、私がすぐに反応できない時。
片付いていないとイライラは連鎖する。
こちらからの抱っこの余裕と、「あれない?」に対しての即答は先手先手で動いていないとできないのだ。
ゆとりのある子育ては、子どもたちを上回るリズムで行動すること。
子どもたちのリズムに負けないこと。
最近子どもたちの唄う歌にも、かなりテンポがズレている。
最近の歌がリズムが速いのではなく、私の新陳代謝が遅くなっていたのか。
速いリズムの歌を聴いて、イラッとしたのは自分がズレていたため。
「地球の自転が速まっているらしいよ。」と勝手に決めつけて、1年が200日くらいに感じて納得していた。
地球の自転が速まってもついて行かれるように、子どもたちを追いかけよう。
