ロバート・ウィルソン
の「ヴィデオ50」(52分)
という実験映画を見た。この映画はいくつかの30秒程度のシチュエーションムービーが カット編集でつなげてある作品であった。物語毎の関連性はほとんどなく、群像劇でもない。ただ、単に断片的な映像が繰り返させるだけである。タイトルにあるとおり、映像はすべてビデオで撮影されており、クロマキー合成やソラリゼーションなど、当時では新技術だったであろう技法がふんだんに使われているという特長だ。
このような技術的な表現を実験するという試みの一方で、この作品では心理的な実験要素が多く含まれているように思った。それは、鑑賞者を被験者としてどのよう意味や印象をもったかを確認するための実験的要素だ。鑑賞者はとにかく、このシチュエーションになにか意味があるのではないかと必死でストーリーを読み取ろうとする。シチュエーション同士の関連性、全体として言いたいテーマはなにか?などを考えさせる。
つまりそれ自体がこの映画の目的ではなかったのかと思うのである。
このような技術的な表現を実験するという試みの一方で、この作品では心理的な実験要素が多く含まれているように思った。それは、鑑賞者を被験者としてどのよう意味や印象をもったかを確認するための実験的要素だ。鑑賞者はとにかく、このシチュエーションになにか意味があるのではないかと必死でストーリーを読み取ろうとする。シチュエーション同士の関連性、全体として言いたいテーマはなにか?などを考えさせる。
つまりそれ自体がこの映画の目的ではなかったのかと思うのである。
- ヴェルディ: 歌劇「アイーダ」/ロバート・ウィルソン
- ¥5,420