昨日
小さいひとと言い合い?になって
お風呂に浸かりながら
お互い号泣という事態に。
私も少し気分的に波の途中だったのも相まって。
理由は
湯船に浸かる際に自分で座ってと言ったところ
出来ないと言われたこと。
出来るよ。
と言ったら
出来ない。
と
お湯も低くしてあるし前も出来てたから大丈夫。
出来ない!
そんなやりとり
なんてことないどうでもいいこと。
でもなんやろうその日1日の色々なことも積み重なったり
最近の自分の思うことがあったりで。
やらないうちから出来ないって言うのはやめよう。
やってみてから出来ないって言おう。
そんなことを言いながらなんかポロポロ涙が出てきて。
私は普段から結構先回りで手伝ってしまうところがあって
それが良くないなと思っているので
意識的に手を出さないようにしていて。
手伝ってと言われても、やってと言われても
1度やってみて出来なかったら手伝うよ。
と言うようにしている。
大人になるにつれて
やる前から分かったような感じになったり
どうせこれはこうだとか
だからこそやってみてからという意識を強く持つようにしている。
小さいひとは私じゃない。
でも私は小さいひとと過ごす時間の中で
小さい頃の自分のわだかまりを溶かしているような気がする。
して欲しかったこと
言って欲しかった言葉
やりたかったこと。
だから時々小さい頃の自分を見てしまう。
小さいひとに私は愛を教えてもらった。
愛することの
容易さも
難しさも
無償も完璧もあったりなかったりすることも。
小さいひとが私を人にしてくれて
私はこの先も
私の中のその存在感が愛だということを
感じたり忘れたり思い出したり
当たり前に思ったりしながら生きてゆくのだ。
今日お昼ご飯を2人で食べながら
小さいひとが
お母さんは自分のこと好き?
と尋ねてきたので
うん。あなたが来てくれて本当に好きになれたよ。
と答えた。
それを受けて
わたしもだよ。
お母さんがいつも大事って言ってくれるから
わたしももっと自分を好きって思えるんだよ。
と言っていた。
9月で4年。
くだらないことが多すぎて
大事なことが意外にあって
これからも私は私の正しさをやりくりして一緒に暮らす。
そんな奇跡のような毎日の中で
それでも歌いたい理由はなんだろう。
それを知りたくて歌っているような。
くだらない毎日は
奇跡のように過ぎてゆく。