新年になりました。
もはや10日ほどすぎました。
携帯電話が危険なことになっているくらいの
変化しかないですが
年が変わりました。
私のイッタリキタリノ音楽活動の中で
私が男には負けたくないと
よく口では言っていた10代のドラマー時代。
そして
いくつかのコピーバンドと
バンド仲間に夢中だったとき。
時間の経過により
記憶の歪みを含んで
キラキラとしかしていないそんなとき。
一年あまり早く高校を飛び出した私は
地元の音楽スタジオでバイトをしていて
そこはまぁいわゆるたまり場的な場所になっていた。
そこはライブハウスも併設していて
仲のいいバンドかいくつか集まって
日程を決めてライブイベントを開催したりしていた。
田舎町の高校生の私達には
まだまだオリジナルバンドと言うカテゴリに
自分達を当てはめるほどの度胸も
情報もなく
アーティストや曲のチョイスに自分達の表現を乗せて
「大人」に対する憧れと反抗を
ステージの上でぶちまけていた。
一緒にイベントをしていた
私が大好きで
憧れも含む後輩のバンドがいた。
ブルーハーツのコピーバンド
私がやめた高校の後輩も確か含んだ
4人メンバー。
その中の1人に彼は居た。
想い出の中の彼はいつも笑顔で
決して目立つタイプではないけれど
芯というか
心に何か秘めている感じが
私の彼への感覚的印象。
その、彼を含む後輩達とは
スタジオに練習に来るたびに
スタジオに遊びに来るたびに
夢や現実、憧れやつまらないことを話したり
ご飯を食べに行ったり、一緒に遊んだりもした気がする。
10代の熱い想いや
青春と呼ばれるものは
一過性だから美しい。
私達も例には漏れず
それぞれの人生や新しい青春に踏み出して
フラッシュのような強い印象を残したまま
いつしか逢うことも無くなった。
その後何年か経ち
私は大阪に出て
また数年経ち
朦朧とした日々を過ごしていたある日
音楽チャンネルを何気なく見ていたら
その中に彼が居た。
すぐに彼だと分かったが
その彼の所属しているバンドのことを
私は何も知らず
ただ、彼がその後の音楽活動を経て
出演しているであろうその事と
経過した月日、
私の知らない彼の経てきた時間が
その一瞬に現実の中で私の人生とまた重なりだした。
想い出すこともほとんど無い彼が
私の人生に再登場した瞬間。
「頑張っていたんだ」と想った。
遠いところで彼の存在が私に影響を与えた。
バンド活動をしているなら
何らかの方法で連絡を取って逢いたいと想ったが
その当時働いていたライブハウスのバンドマンの10代達からの情報で
そんなに簡単に連絡の取れるようなバンドの一員ではないということを知る。
彼は10代のバンドマンたちの憧れになっていた。
とても嬉しくて
とても懐かしくて
幸せだった。
逢うことがあるかは分からないけれど
いつか逢ったときは何を話そうってワクワクした。
熱心に調べたり
チェックしたりしなくても
彼らの活動は
時折私の視界にも飛び込んできて
その度に
とても嬉しかった。
最近
そのバンドのメンバーが急死したということを
バンドマンたちが偶然話しているのを聞いた。
私は彼しか知らないし
正直CDも持っていないし
私には涙を必要としないくらい遠い現実だったけど
私の想い出の中と
遠い現実で生きる彼のことを想うと
とても悲しかった。
私の中では今でも彼は大事な後輩で
青春と言うフラッシュの一因だから
彼が感じているであろう色々な感情や
今からのことを考えると
とても心配だった。
私の知らない時間のあいだに
もちろん彼には大切な友や仲間がいるだろうから
そんな人たちが
今きっと彼を支えてくれているだろう。
メディアを通して
彼の今の状況はまだ分からないが
メディアを通して
彼の前に起こった出来事を知ったこの状況が
私を1人で焦らせる。
この世界の中に
彼のことを
ファンという立場から心配している人たちがきっとたくさんいる。
私はそれとは少し違うけれど
彼の幸せを願う。
私の知らないところで
私と人生を交えた人たちが
その人生を生きている
交わらない人たちも
その人生を生きている
それを世界中が忘れなければ
きっと世界は優しくなれる
きっと大丈夫。
君が経験すべきとても辛い現実は
きっと君を生かす為のもので
君がこれからこの世界に影響を及ぼす為の
大切な出来事だ。
ただこの先の幸せを願う。