父の自殺にまつわるエピソード。 | 旅と映画の備忘録

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普段は映画備忘録
年に数度の旅記録をブログに書いてます

非常に暑い日が続いておりますので、
怪談・・と言うまでもないにですが、不思議な話を。
これはもうずいぶん前に書いたもので
京都の一条商店街妖怪ストリートの最初の年に行われた、
怪談会で語らせていただいたものです。

2005年頃に書いたものですが
文中の年数などそのまま記載してますのでどうぞご了承ください。


「父の自殺にまつわるエピソード。」

この話は、多分よくある怪奇現象・・で、なにも新しい話は含まれていません。

ただただわたし自身と、その周りの人間が体験した事をお話させていただきます。


いまから30年程前の事です。

わたしの家族はその頃毎年夏にキャンプに出かけておりました。

いつの頃からか、お気に入りになった場所ができ、

毎年、たがわず何年もその場所で、わたしたち家族はキャンプを楽しんでいました。

ある年の夏、前日が大雨だったのか、いつもはとてもきれいな川がとても濁っていまして

わたしは父に頼まれ近くの民家に飲料水を分けてもらいに行ったのですが

そこでその家のおばさんに

「あそこでキャンプしている子?」と聞かれはいと答えると

「あそこは・・・やめたほうがいいよ。」

「えっ?」・・・

おばさんは困ったように話します。

「あそこの河原でむかし子供が溺死であがったんよ・・・。

その後にね、クルマに乗った4人がその場所めがけたかのように

あの上から落ちて4人死んでるのよ・・・」

その場所・・・と道路は平行に走っており特に見通しの悪い道路でもなく

その場所めがけて落ちた・・・。

わたしはドキドキしていました。

怖かったのですが、それを親に説明する事が出来なかったのです。

説明し難いのですがわたしたち親子は、そういう親子だったんです。

その日の夜、

夜中にわたしが目が覚めた時にテントは血しぶきのような赤い斑点がいっぱい付いていました。とても怖かったのですがこれもまた両親を起こす事もなく一人震えておりました。

その次の年からわたしはキャンプにいくのを嫌がり、

それ以来その場所にも立ち寄る事はなくなりました。


数年後、わたしが16歳の時です。

夏休みに父の仕事を手伝っていました。

ある日、珍しく父と同じ時間に帰る事があって

一緒に駐車場(これは3階にあるのですが)まで行きクルマに乗り込むと

父が不安そうな顔で、わたしにこう言いました。

「なぁはるこ、後ろ回ってタイヤのところ見てくれへんか・・・」

「なに・・?」

「あんなぁ・・・いつからか、バックミラーに女の人の陰が映るねん・・」

「えっ・・?」

「クルマが出されへんから降りて見に行くやろ・・・そしたら誰もいない。

・・・でな、バックミラーで見てた位置はなんか水浸しや。

こんな話・・なんやと思う?」


わたしは答えませんでした。

でも何のつながりもないのに、あのキャンプ地で聞いた話しの時のような

激しい鼓動を覚え底知れぬ不安に襲われました。



わたしはこの後、家出をします。

1ヵ月半、見つかる事もなく、友達の家を転々としておりました。

父はわたしの友達の知る限りをたずね探しましたが

結局わたしはわたしなりの権力で

友達はわたしの居所を父に伝えることはなく見つかる事もなかったのです。

1ヵ月半・・・。

友達の文化住宅に居た時の事、

夜中・・・何時か覚えていません。

なにか、扉の向こうから、男性の声が・・・中年男性のような気がしました。

男性の声がぼそぼそと聞こえてくるのです。

「・・ぼそぼそぼそぼそ・・・」と何を言っているのか聞き取れないのですが

間違いなくこの部屋の扉の、こちら側に向かってしゃべっているのだけは気配でわかります。他にいる様子はなく、独り言を言っているのか、中にいる私たちに言ってるのか・・・・。

わたしはかなり長い時間(・・本当はそう長くなかったのかもしれませんが。)

耳を澄ませていました。

気味が悪かったので、小声で横で眠っている友達をゆすりながら起こしてみてましたが起きてくれません。扉の向こうでは「ぼそぼそぼそぼそ・・・」と以前声が聞こえてきます。

・・・ここの文化住宅はいわゆる共同の玄関に靴を脱ぎ、各部屋に入っていく・・という本当に昔のスタイルで、わたしと友達はそこの2階に住んでいました。

知らない人が2階まであがってくる可能性は極めて少ないわけです。

・・では知っている人なのか?


その後、

わたしは知らない間にまた眠りについていたようで、

次に起こされたのは・・なんと表現したらいいのか、

例えるならものすごく大きなガラスの塊を屋上から地面に叩きつけたら

こんな音がするのではないか・・というような甲高い爆音でした。

耳元でものすごいリアルな爆音を聞いて飛び起きたのですが、それは現実のものではなかったようでした。

その日、気になって友達と近くでその時間に車がぶつかるような事故がなかったか、なにかの衝撃で大きなものが物が壊れなかったか・・いろいろ調べてまわりましたが特になにもなかったのです。


・・・そして。

そして、わたしは従姉妹に電話をしたのです。

それまで家と関わりのある人には一切連絡をしなかったのですが、

そして、どうして連絡をしようと思ったのかもわからなかったのですが、

わたしはこの日に従姉妹に電話をかけたのです。

「もしもし・・」

電話の向こうで従姉妹がわたしの名前を絶叫した後、

「お父さんが亡くなりはったのよっ!!」

と、聞こえました。

「いまね、おかあさんとおじさんが警察に行ってるから・・・

すぐに帰って・・・来られる?」


仕方なく、わたしの家出は終わってしまいました。

父は自殺でした。

父の実家でもある従姉妹の家にまっすぐ向かい、

事情を話してもらえると思っていましたら16歳の小娘にはなんの詳しい事情も伝えられる事はありませんでした。

・・・ただ教えてもらえた事は、死んだ場所はあのキャンプした河原だった、という事です。


わたしは一瞬足がすくみました。

一体なににすくんだのかわかりません。

父はなぜ、わざわざあの場所を選んで首を吊ったのでしょう・・。

父はあそこで起きた偶発的な事故のことなど知らないはずだった。

なのに、父は河原に向かって首を吊っていた。


8月28日・・夏の草むらは湿気がひどく腐敗が進みやすく死んだ日が推定されない。

死体はすぐには火葬されず、解剖に回され、お葬式は1ヶ月も遅れて行われました。

その日、おばの家のじゅうたんに大きな人型のしみが出来ました。

わたしはいろいろな事情から家出から帰ってきてからはおばの家で生活していたので父の死を聞いた前夜の話などを伯母にしますと

「わたしはね、いつも寝ている仏間の障子の向こうで死んだお祖母さんの声が聞こえて・・・『えらいことになった・・』とぼそぼそ・・とよく聞くと障子の向こうにどうも果てしなく大勢の人の気配がする・・・」

みんながぼそぼそと・・「えらいことになった・・」と言っている。

伯母はなにか大変な事があったのだと思っただけで怖いとは思わなかったそうです。

父の兄は形見分けのシャツを着て一緒によく行ったスナックに「一緒に行くか・・」と父に言うように独り言を言って出かけたところ、早い時間でお客はまだ居らずカウンターに座ると席にコースターが2つ用意されしばらくするとマスターが突き当たりのトイレを見て「お連れさん・・具合悪いですか?」と聞いてきたそうです。伯父は心の中で「一緒に来たか・・」と思ったそうですがその事は告げず「いや、今日は一人ではいってきた」というとママさんとマスターは少し顔を見合せトイレまで行ってノックしたが誰もいない。

2人は「いや、いま確か2人で入ってきて、お連れさんはすぅ・・とトイレに入られて・・」伯父はグラスはそのままでいいよと、そのまま黙って飲んでいたそうです。

従姉妹も父が死んだと思われる日からベッドの足元に父が立ってこちらを見ているのがお葬式の日まで続いたそうです。


父がなぜわざわざあの場所を選んで死んだのか・・それは思い出を懐かしんでそこを死の場所に選んだのか、それとも目に見えぬ力が父をそこに導いたのか・・・。

どうなんでしょうか。