東京都の港区白金台と東村山市にある学校で、母体である明治学院の起源は文久3年(1863年)まで遡ります。
主にヘボン式ローマ字綴表の提唱者ヘボンとブラウン、フルベッキの3人の宣教師が協力関係のもと創立した東京一致神学校が、明治20年に明治学院となりました。
その普通学部が旧制中学部となり、戦後は高校となって現在に至ります。ちなみに明治学院大学は戦後の創立です。
作詞:島崎藤村 作曲:前田久八で、明治40年制定です。
明治学院 (全1番)
人の世の若き生命のあさぼらけ
学院の鐘は響きて われひとの胸うつところ
白金の丘に根深く 記念樹の立てるを見よや
緑葉は香ひあふれて 青年の思ひを伝ふ
心せよ学びの友よ 新しき時代は待てり
もろともに遠く望みて おのがじし道を開かむ
霄あらば霄を窮めむ 壌あらば壌にも活きむ
ああ行け たたかへ 雄雄しかれ
眼さめよ 起てよ 畏るるなかれ
これ以前にも、米国のカレッジソングを一部手直ししたものが校歌として歌われていたようです。
作詞者の島崎藤村は明治学院の卒業生で、この校歌を詩人として最後の総仕上げ的な詩歌として作ったそうですが、学生に向けてと自身の発奮を促したメッセージも込められているとあります。
明治学院東村山高校は、昭和38年に東村山市に設立され、その3年後に港区から明治学院中学校が移転して中高一貫教育が始まりました。
明治学院の高校は、東村山のほうは中高一貫校ながら港区の本校と区別するために東村山"高校"です。
この東村山高校、現在は明治学院の校歌を使用していますが以前は別の校歌を制定していました。
作詞:武藤富雄 作曲:広野嗣雄で制定年は不明ですが、おそらく開校直後でしょうか。
明治学院東村山 旧校歌(全4番)
水碧く 大樹茂りて
上よりの 恵みは豊か
村山の東に立つ われらが学舎
正しきと 愛を求めて
心清き 人とならん