今回は、岩手県の花巻農業高校です。
http://www2.iwate-ed.jp/hka-h/
岩手県でも有数の伝統校で、明治40年創立の稗貫蚕業講習所から数回の変遷・改称を経て現在に至っています。
平成15年には、北上農業高校との統合で新・花巻農業高校となりました。
旧制花巻農学校時代には、詩人の宮沢賢治が教師として赴任していた学校としても知られています。
現校地の中には、宮沢賢治の私塾「羅須地人協会」なる建物が復元されているそうです。
もっとも、この協会が活動したと言えるのは一年にも満たないのですが…
花巻農業高校には、伝統的に歌われている歌が2つあります。
まず校歌を紹介します。作詩:土井晩翠 作曲:片山頴太郎で昭和5年制定です。
花巻農・校歌 (全4番)
早池峰はるか あけぼのの
東に聳え おほいなる
北上川に 注ぐ水
学びの窓に まのあたり
土井晩翠氏は詩人で「荒城の月」が有名ですが、東北地方を中心に学校の校歌作詞を多く手がけ、その数は300校ほどにもなります。
農業学校のときは「農為国本(農は国の本なり)」を主意とした歌詞が多く見られますが、ここも例外ではありません。
3番「受くる教へは国の本 土に親しむ農の業…」と歌われます。
もうひとつは”精神歌”と呼ばれ、宮沢賢治自身が作詞した歌です。
花巻農学校の前、稗貫郡農学校時代の大正11年に制定されたものなので校歌より古いのですね。
花巻農・精神歌 (全4番)
日ハ君臨シ カガヤキハ
白金ノ雨 ソソギタリ
ワレラハ 黒キ土に俯シ
マコトノ草ノ タネマケリ
漢字カタカナという文体はかの有名な「雨ニモマケズ」と同じものですが、意外とこの形式の詩は少ないのだそうです。
”イーハトーヴ”などに見られる賢治自身の人生観や世界観を垣間見るような歌詞ですが、当時まだ狭小だった学校の生徒たちの心の拠り所となる歌として作られたものです。
学校側はこの歌を校歌にしたいという考えがあったようですが、賢治自身が固辞したために精神歌として伝えられているとあります。
良くも悪くも、他の校歌とは一線を画する独特の雰囲気を持つ歌詞ですね。
余談ですが、北上農業高校との統合当初は校歌をどうするかの話がまとまらず、数年間はこの精神歌が校歌の代用として歌われていました。
現在は土井晩翠の校歌が新しい学校に受け継がれているようです。