ABOUT AUREA|ITから占星術へ。対極に見える世界を歩いてきた理由
こんにちは、AUREAです。社会学、IT、企業経営、そして西洋占星術。経歴だけを並べると、ずいぶん脈絡のない道を歩いてきたように見えるかもしれません。現在の私は、西洋占星術を用いたリーディングを行いながら、AIを用いた映像・ビジュアル作品を制作しています。一見すると対極にある、論理と直感。分析と表現。けれど振り返ってみると、私の中ではずっと同じ関心が続いていました。複雑なものの中にある構造を見つけ、それがどう成り立っているのかを理解したい。今日は、現在のAUREAに至るまでのことを少し書いてみようと思います。01|人間への関心から始まった大学では、関西大学社会学部で社会学を専攻し、主に社会心理学や家族社会学を学びました。人はなぜそのように考えるのか。個人の性質と、周囲の環境や人間関係はどのように影響し合うのか。家族や集団という小さな社会の中で、人間はどのように形づくられていくのか。今思えば、この頃から私の関心の中心にはずっと「人間」がありました。ただ、大学卒業後に選んだ仕事は、人間を研究する仕事ではありませんでした。IT企業に入社し、SEとしてシステム開発に携わります。02|人ではなく、システムの構造を見る社会学からITへ。かなり方向転換したように見えます。実際、扱う対象はまったく違いました。けれどSEの仕事には、私が面白いと感じる部分がありました。複数の要素を整理し、それぞれの関係を把握し、全体がどのような仕組みで動いているのかを考える。問題が起きれば、どこに原因があるのかを切り分けていく。「複雑なものを構造として捉える。」対象が「人間」から「システム」に変わっただけで、私はここでも、何かの構造を読み解いていました。その後は同じ企業の中で、役員秘書、人事・新卒採用など、まったく異なる仕事も経験しました。その後、結婚を機に退職。別の企業で役員を務め、経理・財務を担当することになります。システムから、人へ。人から、組織へ。そして数字から、企業を見る。振り返れば、ずいぶん色々な角度から「現実」を見てきたように思います。03|そして、占星術という対極へそんな私が、やがて西洋占星術を学ぶようになりました。ITと占星術。合理性と神秘。一見すれば、かなり遠い場所にあります。私自身、最初から占星術を仕事にしようと思っていたわけではありません。むしろ長く企業社会の中にいたからこそ、「占い」という世界へ進むことには葛藤もありました。だからこそ私は、占星術を感覚だけで扱いたくありませんでした。歴史を知り、技法を学び、実際のチャートを読み、検証する。なぜそのように読むのか。どこまでなら読み取れるのか。反対に、何は断定できないのか。そうしたことを一つずつ考えながら学びたいと思いました。そして勉強を続けるうちに、意外なことに気づきました。私にとって占星術は、それまで歩いてきた世界と完全な対極ではなかったのです。ホロスコープには、天体、サイン、ハウス、アスペクトなど、多数の要素があります。ひとつの配置だけを切り取るのではなく、それらの関係を見ながら全体を読み解いていく。そこには、かつてシステムを見ていたときとはもちろん別物でありながら、「複数の要素の関係から、全体の構造を考える」という、私にとって馴染みのある思考がありました。04|神秘を否定しない。でも、神秘で思考を止めない私はもともと、目に見えないものや神秘的な世界そのものを否定しているわけではありません。むしろ昔から好きです。ただ、分からないことをすべて「見えない何か」で説明してしまえば、そこで考えることをやめることもできます。私は、それをしたくありません。神秘には、神秘のまま残しておく余白があっていい。けれど、調べられることは調べたい。学べることは学びたい。考えられるところまでは、自分の頭で考えたい。分からないものを、分かったように断定したくない。だから私のリーディングは、霊感・霊視・チャネリングによるものではありません。西洋占星術の技法を使い、ホロスコープというひとつの体系から、その人の性質や人生のテーマ、現在から未来へ流れる時間を読み解いています。05|もうひとつの私――言葉より先に、景色がある一方で、私には分析とはまったく違う側面があります。昔から、何かを考えるときに言葉より先に「景色」が浮かぶことがあります。幼少期から、家族と海外へ長期間旅行する機会が多くありました。国によってまったく違う街の色。建築。装飾。光。水。植物。宗教空間。市場や路地の空気。そうした異文化の中で実際に見てきたものは、今でも自分の中に大量の視覚的な記憶として残っています。現在制作している映像やAIアートには、それらがそのまま再現されているわけではありません。日本的な感覚、異国の建築、未来的な構造、水、クリスタル、光、そして現実には存在しないもの。自分の中に蓄積された記憶やイメージが混ざり合い、別の世界として再構成されていきます。だから、ときどき自分でも説明しにくい空間ができます。かなりの魔境です。笑でも、それも私です。06|分析することと、想像すること以前は、論理的に考える自分と、直感的に世界を想像する自分は、別々のものだと思っていました。今はそう思いません。占星術では構造を読む。文章ではそれを言語化する。映像では、言葉だけでは表現できないものを視覚化する。方法が違うだけで、どれも私にとっては、「人間や世界を理解し、自分なりの形で表現すること」なのだと思います。社会学。IT。企業での仕事。西洋占星術。そして映像表現。経歴だけを見ると、ずいぶん遠回りをしてきたようにも見えます。けれど今振り返れば、そのどれかを捨てて現在の自分になったわけではありません。それぞれの場所で見たもの、学んだもの、考えたことが、現在のAUREAを作っています。これからも占星術について学び続けます。映像についても、まだまだ新しい技術を試したい。そして、論理か感性か、現実か神秘かという二択ではなく、その間を自由に行き来しながら、自分にしか作れないものを探していきたいと思っています。星を読み、世界を描く。それが、現在の私の活動です。AUREAAUREA|Official LinksAUREA JOURNAL / Visual Works / SNShttps://lit.link/aurea_astralia