読書
- ナガオカケンメイとニッポン/ナガオカ ケンメイ
- ¥1,995
- Amazon.co.jp
先日購入した、『ナガオカケンメイとニッポン』という本を読んでいます。
分厚いけれどサクサク読み進められそうだと思っていたのに、これがちっとも進まないのです。まだやっと半分というところ。
泣くな、自分。
とか思いながら読んでいます。
1つの本を読んでいると、それに付随していくつも読みたい本が出てきてしまうようになりました。以前はそんなことなかったのですが。読みたいと思う本が 出てきたらamazonでササッと注文しておけば、後から『あれ?何だったっけ?』となることもなく、本屋に探しにいく時間がとれなくて買いそびれること もないわけですね。これも、以前はそんなことなかったし出来なかったことです。
なんかもう最近、寝ても覚めてもグルグル考え続けています。
寝てるのか起きてるのかわからないくらい考えている時も。
やっぱり自分は考えることが好きなんだなと思う日々です。
オーラソーマ
このブログでも数回ご紹介したことがあるような気がするオーラソーマですが、昨日ついに本物を体験してきました。ちなみに今まではネットでしか見たことがなかったのです。
雪が積もる林の中の、古い建物の食堂で、人生初体験のオーラソーマを受けました。エスプレッソマシンで抽出した珈琲をいただき、お茶をいただき、しまいにはみかんも食べながら受けました。イメージと違う。お茶とみかんの辺りはかなりイメージと違う。最後にはみんなが手をつけなかったお茶菓子までいただいて帰ってきました。イメージと違う。なんかこう、私のイメージは白い清潔そうな無駄な物がない適温の部屋で、じっくりボトルと向かい合うというものだったのです。しかし現実は、建物も調度品も古いところで、お茶とみかんを食べながら、石油ストーブがちょっと遠くて足元が寒いななんて思いながら、ものすごく美しいボトルを眺めるのでした。不思議だけれどとても面白かったし、私はその建物も人も好きでした。
オーラソーマからは話が逸れるけれど、古いものというか昔からそこにあるものって、ものすごく沢山の情報が詰まっているのに空気になっている溶け込んでしまっている、つまり邪魔にならない。これってものすごいことだと思うんです。
さてすっかり話が逸れましたがオーラソーマに戻ります。初めて見た実物のボトルはとにかく美しくて、すっかり感動してしまいました。4人で行ったのだけれどみんなそれぞれ全く違うものを選び、ボトルのメッセージも全く違ってとても面白かったです。
私は今直面していることがそのままボトルに反映されていて、以前からオーラソーマは自分を映す鏡だと思っていたけれどやっぱりそうなんだと思いました。学んでみたいなとも思いました。お金がないので無理そうですが。
ボトルのメッセージを先生が説明してくれて、今の私の状況とあわせてそのボトルの意味を見つけていくというような作業が行われ、あらためて自分の思いはもう決まっているのだと思いました。あとはその一歩をいつ踏み出すかなのだと。
ボトルが、私は全てを出し切る人だと言っていました。
「疲れない?」
と先生が言ったけれど、私は気持ちがよかった。全てを出し切る、それが出来たら最高に幸せ。疲れるのは、それが出来ないことに疲れるんだと思いました。
見なくちゃいけない問題も、知ってはいたけどどう向かい合おうと思っていたことが今日思いっきり指摘され、向き合い方のヒントをもらいました。そして帰宅後ナガオカケンメイさんの本を読んでいたら、ヒントよりも直接的なことが書いてあって、なんとなくこれでいいのだという今の私の答えは見つかりました。
また今日もオーラソーマの先生に、
「29歳なんでしょう?29歳でそんな考え方をしているなんてすごいわ。」
と言われました。先生がとても尊敬しているという今は亡き方の言葉というのを教えていただいたのですが、それは私の考え方に通ずるものでありひとつの到達点でもあったので、29歳の私がそのことを自分の考えとして持っているのならこれから先はどうなっていくのだろうと思いました。それは楽しみなことでもあり、全く想像もつかない未知の世界で不安でもあります。
不安に思える自分に安心もするのですけどね。
結局最後もオーラソーマから話が逸れてしまいました。
雪が積もる林の中の、古い建物の食堂で、人生初体験のオーラソーマを受けました。エスプレッソマシンで抽出した珈琲をいただき、お茶をいただき、しまいにはみかんも食べながら受けました。イメージと違う。お茶とみかんの辺りはかなりイメージと違う。最後にはみんなが手をつけなかったお茶菓子までいただいて帰ってきました。イメージと違う。なんかこう、私のイメージは白い清潔そうな無駄な物がない適温の部屋で、じっくりボトルと向かい合うというものだったのです。しかし現実は、建物も調度品も古いところで、お茶とみかんを食べながら、石油ストーブがちょっと遠くて足元が寒いななんて思いながら、ものすごく美しいボトルを眺めるのでした。不思議だけれどとても面白かったし、私はその建物も人も好きでした。
オーラソーマからは話が逸れるけれど、古いものというか昔からそこにあるものって、ものすごく沢山の情報が詰まっているのに空気になっている溶け込んでしまっている、つまり邪魔にならない。これってものすごいことだと思うんです。
さてすっかり話が逸れましたがオーラソーマに戻ります。初めて見た実物のボトルはとにかく美しくて、すっかり感動してしまいました。4人で行ったのだけれどみんなそれぞれ全く違うものを選び、ボトルのメッセージも全く違ってとても面白かったです。
私は今直面していることがそのままボトルに反映されていて、以前からオーラソーマは自分を映す鏡だと思っていたけれどやっぱりそうなんだと思いました。学んでみたいなとも思いました。お金がないので無理そうですが。
ボトルのメッセージを先生が説明してくれて、今の私の状況とあわせてそのボトルの意味を見つけていくというような作業が行われ、あらためて自分の思いはもう決まっているのだと思いました。あとはその一歩をいつ踏み出すかなのだと。
ボトルが、私は全てを出し切る人だと言っていました。
「疲れない?」
と先生が言ったけれど、私は気持ちがよかった。全てを出し切る、それが出来たら最高に幸せ。疲れるのは、それが出来ないことに疲れるんだと思いました。
見なくちゃいけない問題も、知ってはいたけどどう向かい合おうと思っていたことが今日思いっきり指摘され、向き合い方のヒントをもらいました。そして帰宅後ナガオカケンメイさんの本を読んでいたら、ヒントよりも直接的なことが書いてあって、なんとなくこれでいいのだという今の私の答えは見つかりました。
また今日もオーラソーマの先生に、
「29歳なんでしょう?29歳でそんな考え方をしているなんてすごいわ。」
と言われました。先生がとても尊敬しているという今は亡き方の言葉というのを教えていただいたのですが、それは私の考え方に通ずるものでありひとつの到達点でもあったので、29歳の私がそのことを自分の考えとして持っているのならこれから先はどうなっていくのだろうと思いました。それは楽しみなことでもあり、全く想像もつかない未知の世界で不安でもあります。
不安に思える自分に安心もするのですけどね。
結局最後もオーラソーマから話が逸れてしまいました。