マイニチ@SPICE -370ページ目

親知らずが生えていた

 前にもここで書いたように、薬の副作用で知覚過敏になってしまった。
 水道の水も痛いし、冷蔵から出したての牛乳もそのまま飲めないからレンジでチンしているし、プリンも常温に戻して食べる有様だ。悲しい。
 最近は歯周病か?と思うくらい歯茎が痛いところがあって、奥歯の横だから見えないのだけどおそらく赤くただれている&口内炎になりかけているのだと思う。おかげで歯磨きしてもこの奥歯1本分が痛くてどうしても磨けない。
 そこで昨夜、この奥歯だけは綿棒で磨いてみることにした。綿棒を取り出して口をあーっと開けて鏡を覗くと・・・奥歯の更に奥に、白いものがチラッと。

 ?

 チラッと。

 触ってみたら固かった。
 こ・・・これは。親知らずじゃないか!
 一体いつの間に生えていたのだろう。全然知らなかった。よくよく確認してみると、上下1本ずつ生えているじゃないか。生えていると言っても頭が出ているくらいだけれど。
 更によくよく考えてみると、上の親知らずが尖って生えてきていて、奥歯を噛み合わせると下の歯茎に当たっているような気がする。しかもその当たっていると思われるところが最近痛いなぁと思っていた部分のひとつだったりする。

 知覚過敏だけでも十分痛いのに、親知らずまで生えてしまったなんて。
 ひとりで地味に衝撃を受けた夜だった。


 親知らずって痛くならなかったらはやしたままでいいんだよね?

ダメだ。なんだか悶々。

 原因はわかっているのだけど、今は解決出来ない問題がある。だからダメだ。だから悶々している。まだ月曜日なのに、もう一週間終わったような気分。今日はほぼ定時上がりだったのに、一週間残業して帰ってきた気分。
 いや、それよりもっと、悶々している。

 原因がわかっていても、自分じゃ解決出来ないことってある。
 誰かを巻き込まないと解決出来ないこと。
 巻き込むにはタイミングがあるが、今はそのタイミングじゃないということだけがわかっている。それがせめてもの救いでもあり、それが新たな問題を派生させるきっかけにもなってしまう。
 一番悲しいのは、私がこうして悶々としていることに、巻き込みたい相手が気付いてくれていないということだ。気付いてくれたら巻き込めるが、当分気付きそうにない。そして問題は私の中に深まったり広がったりして、やっぱり自分だけでは解決出来ず、別の人を巻き込んでみたりして時間が過ぎていくのだろう。根本的な解決は出来ないまま。この悶々が自分の中で、奥深くまで浸食していかないことを祈るのみだ。

 そんな時はその問題に立ち向かうことをやめてみるのも手なので、これからしばらくは考えるのをやめてみようと思う。やめようとしたってやめられないことはわかっているので、気分だけでもやめてみる。
 幸い、読みたい本が溜まっているのでまずはそれを全部読むことから始めよう。
 それに、ほぼ日刊イトイ新聞の中にある膨大なコーナーを全部見てみたいと思っているところだから、それも読んでしまおう。これだけで半年くらいかかるかもしれない。
 その頃にはタイミングなんてとっくに過ぎて、また違うタイミングが訪れたり違う問題が起こったりしていて、私の中奥深くに浸食さえしていなければどうにかして解決出来るだろう。

 ちょうど今は仕事が忙しいから、こんな日々でいいのかも。
 そう思って明日も起きよう。


雨音は、今もまだ響くのだけど。

外は雨

 雨音が響いている。
 外は雨。
 テレビはいつもと変わらない音量でテンションの高いCMを繰り返しているのに、雨音が聞こえる。
 何かを聞きたくて耳を澄ましているからだろうか。
 何かの音を待っているからだろうか。

 毎日生活をしている。
 朝起きて、何かしら朝ご飯を食べて、会社に行って働く。仕事が終われば家に戻り、夕食をとり、お風呂に入って眠りにつく。
 そしていつも、何かを待っている。
 何をしていても、待っている。

 それが何かはハッキリわからないが、心当たりがある気もするし、全くの無意識から生まれるもののような気もする。
 待っているものは『答え』のような気がするが、実は『死』なのかもしれない。『誰か』だと思う時も、『朝』だと思う時も、『声』の時も、『夜』の時もある気がする。
 
 待つ濃度が濃くなっている今日のような日は、寂しさをかみしめる。
 独りでいても、誰かといても、きっと寂しい。誰かの存在が更に寂しさを濃くする。

 雨音が聞こえる。
 待ちわびる何かの気配を感じることは出来ずに私はここにいる。
 

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 きっと誰にでも、こういう日はあるだろう。
 いいようのない寂しさを感じる日。今日は何となく、それは『待っているのだ』と感じた。