私がテレビを見るのは、もっぱら野球、テニス、卓球、ラグビーなどのスポーツの試合だけで、ドラマはほとんど見ません。見ませんが、通称日9(にちく)と言われる、いわゆるTBS日曜9時のドラマだけは内容によっては見ています。
過去見てきたものを披露すると、
半沢直樹
ルーズヴェルト・ゲーム
陸王
下町ロケット
ノーサイド・ゲーム
など。古くは、華麗なる一族も、日9でしたね。
下町ロケットを見ていた時?だったと思いますが、一度録画をしたものですからそれ以来ずっとその時間帯が毎週録画されるようになりました(だからレコード大賞とか選挙特番とかも録れてしまいます)。
解除することなくそのままにしているもんだから、今回の10月から始まった木村拓哉の、
グランメゾン東京
も録画されることに。
池井戸潤原作のドラマは自ら進んで見たいと思いますが『グランメゾン東京』は、先ほど言ったように惰性で録画されているだけで、当初は見る気は全くありませんでした。
それがたまたま暇だったので第一話を見てみると・・・・面白くなってしまいました(笑)。
だいたいドラマというのはそんなもので、一回見てしまうと続きが見たくなりますね。迂闊にも、その罠にはまってしまいました。
ドラマの内容は・・・・
3年前の、フランス・パリの二つ星レストラン、エスコフィユで行われる日仏首脳会談の昼食会で始まります。
木村拓哉扮する尾花夏樹はその店のシェフで、昼食会のメニュー作りを仕切る訳ですが、その最中にフランスの外務大臣が倒れます。出した料理にアレルギー食材が混入していたからです。加えて、その場で傷害事件まで起こして逮捕。
この事件以来、すっかり落ちぶれてしまい、一流の腕は持ってはいるものの、事件のせいでどこも雇ってはくれない。
そんな中、東京でミシュランの星獲得を目指し、本場フランス・パリに乗り込んできたもう1人のシェフ、鈴木京香扮する早見倫子と出会います。
星の付いたレストランではもはや働けない一流シェフ尾花と、ミシュランの星を取りたい倫子。
彼らに、番頭役の沢村一樹扮する京野が加わり、3人で三つ星レストラン「グランメゾン東京」を目指すというストーリーです。
先週の日曜、「第三話」が終わったばかりで、やっとお店の場所が決まり、開業資金のめどが経ったくらいのなので、よかったら見てみてください。
その第二話で印象的なシーンがあります。
尾花の部下(部下とは言い方がおかしいとは思いますが他の言い方が分からないのでご理解下さい)相沢役の及川光博が、日仏首脳会談の昼食会用に試作したメニューを味見する尾花とのやり取り。
尾花
「おまえ、ちゃんと考えたのか?」
相沢
「うん、考えたよ。もう二度とナスを見たくなくなるほど・・・」
尾花
「朝目覚めたときも飯食ってるときも帰り道でも女としゃべってる時も寝てる間も、全てを賭けて考えたのかって聞いてるんだよ!」
尾花
「おまえ、こんなの昼食会で出してもいいいのか!」
「お前、それでいいのか?!」
「死ぬ気でやれよっ!!!」
尾花が厨房から出て行く。
祥平役の玉森裕太が相沢に言う
「おれはいいと思いましたよ」
「あの人、ずっと二つ星なんで焦ってるんですよ」
「人の意見聞かない。下に当たる。最低ですよ。」
相沢
「これじゃダメだって、ぼくにも分かってた」
「でも、ぼくは尾花にはなれない。あいつは特別なんだよ」
映像がなく文字だけなんで、状況が伝わったかどうか甚だ疑問ですが・・・尾花夏樹の態度、どこかの誰かに似てるなぁって思いませんでしたか?
昔は、かっこいいとか顔が綺麗とか、キムタクを見てはそんな形容をしていましたが、今は演技が上手いなぁって。役者としての彼を高く評価していて大好きなんです(なんか偉そうですね。でもそう思うんです)。
彼のここ最近の主演映画、東野圭吾原作の「マスカレード・ホテル」も見たし、二宮和也との共演で話題となった「検察側の罪人」も劇場で見ました。特に「検察側の罪人」はここ最近見た映画の中でも3本の指に入るくらい面白かった。その理由は脚本もさることながら、木村拓哉の演技が良かったからだと思います。
今回の「グランメゾン東京」も、一流のシェフ役ですから当然、料理をする場面がたくさん出てきますが、そのひとつひとつの動き、立ち居振る舞いが、もう絶妙です。そんな目でドラマを見ている私はある意味、変なのかもしれませんね。だって普通はドラマ(話)の内容に夢中になるはずだから。でも私は、キムタク、演技上手いなぁ~、すごいなぁ~、こここんな表情するんや、って見ちゃう。
”私も人前で話す機会があるから”
なのかもしれません。
でも、私なんか、当たり前ですが全然です。お話にもなりません。この間の写真撮影で、ほんの数行だけ、しかもカンペ見ながらしゃべるのに、ろくすっぽ演技できひんのやから・・・・もう悲しくなります。
ドラマではフランス語もしゃべってるし、台詞も、普通の日常的なドラマではありませんから、フランス料理のこ難しい料理や食材の名前、つまり専門用語を覚えないといけなし、役者の人って凄いなぁって思います。
その為に、どのような練習を、どれくらいやってるのかなぁって、思いません?
そう言えば、前回紹介した「ジャニーズは努力が9割」(霜田明寛著 新潮新書)の中で、”木村拓哉”が紹介されていることを思い出しました。この本から、木村拓哉がどんな努力をしているのか、垣間見ることができるかもしれません。
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29ページ
2:木村拓哉
――「僕は『がんばる』って言葉の語源があまり好きじゃないん ですよ。『"我"を張る』ということなので。そうじゃなくて、もっと周りの人たちを信頼しながら、仕事を楽しめる要素を見つけていくことが大事なんじゃないかな」
木村拓哉もまた努力の人である
自分のありたい未来像に強烈な意志を持ちながらも、決して、我"を張らない。
ジャニーズの中でもとりわけ、"天才""スター"といった形容がしっくりくる男・木村拓哉の人生は、自分の未来を信じることと、自分の力を過信しないことの絶妙な間にありました。
『ロングバケーション』『ビューティフルライフ』『HERO』といったヒット・ドラマ が並ぶ彼のキャリアを見ると、ずっと第一線を走り続けてきた人のような錯覚を覚えます。
しかし、SMAP自体が、デビューと同時にブレイクしたグループではないのと同じく、木村拓哉自身も、最初からスターだったわけではないのです。彼は流されるままに、今の立ち位置を獲得したわけではありません。
木村拓哉の努力について、SMAP結成初期から一緒に仕事をしていた放送作家・鈴木おさむはこう語っています。「『SMAP×SMAP 特別編』で、インディアンの村に行く企画があったんですけど、そのときも、投げ縄とか、ひとつでもできないことがあったら、カメラが回ってようが回ってなかろうが、納得行くまで続けているんです。"木村拓哉って何でもできちゃうよね"って言う人は多いけど、何でもできちゃうように、彼はがんばっているんですよね。木村拓哉はまさに"努力"の人」
木村拓哉もまた、努力で自分を輝かせていった人なのです。それは映画『無限の住人』の主演に木村拓哉を起用した、三池崇史監督のこんな言葉にも象徴されています。
「24時間"木村拓哉"なんですよ」
本人もこう語っています。
「素のときの自分と、演じているときの自分を、意識して切り分けるということは一切ないですね。(中略)オン、オフのスイッチを入れたり、切ったりという感覚はないですね」
ずっと"木村拓哉"であり続ける、その強烈な意志。トップアイドルであり、主役級 の俳優としてあり続けながら、変わらない自分を貫くことは生半可なことではなく、運や才能だけで太刀打ちできるはずもありません。
木村と共演した俳優・中井貴一は"1等賞を走り続けていく"木村拓哉の努力について、こう語りました。
「僕たちの世界って、ホントに一瞬ポンと名前が出て、売れてっていうことも、とても難しいことだけど。それはある意味、大きな運を持っていればできることだけど。1等賞を走り続けてくっていうのは、その運と、そこに彼がしてきた努力みたいなものが、合わさらないと継続っていうのは出来ない。彼は絶対に努力を見せませんからね。僕たちなんかよりもはるかに仕事が忙しく、色んな仕事をやっていらっしゃるんだけど、絶対、現場に台本は持ち込まないですし。どんなに長いシーンでも、彼が台本を見るってことはなかったですから。それは、どんな天才でも"努力"なんだと僕は思いますよね」
"初の月9"を断る
"1等賞を走り続けていく"ことにも意志が必要ならば、1等賞をとるまでにも、当然意志が必要です。ここからは、ブレイク前の木村拓哉について見ていきましょう。1988年に結成され、5年にCDデビューしたSMAPですが、結成当時は、木村 が中心メンバーだったかというと、実はそうではありません。リーダーは中居正広で、89年には森且行がSMAPメンバーとしては初めてドラマの主演をしていますし、92年には稲垣吾郎が先に月9主演デビューを果たしているくらいです。
その一方、単発ドラマなどで経験を積んでいた木村に、チャンスがやってきたのは93年、21歳の時。月9ドラマ『あすなろ白書』(原作・柴門ふみ)の「掛居くん」役にキャスティングされたのです。
大学生男女5人の恋愛を描いたドラマ『あすなろ白書』で、掛居くんは、ヒロインの石田ひかりに恋心を寄せる男の一番手です。初めての連ドラ、しかも当時、高視聴率を連発していたフジテレビの月9枠。普通の若手俳優なら、喜んでとびつく大役です。しかし、それを木村は断ったのです。
『あすなろ白書』の主要男性登場人物には、掛居くんのほかに、「取手くん」という二番手の男性キャラクターがいて、取手くんには当初、俳優の筒井道隆がキャスティングされていました。しかし、それを、チェンジしたい、と木村は申し出たのです。つまり、木村にとっては、自ら番手を下げる判断。もちろん筒井も同意の上。
<中略>
人気に火がついた後も、番手を重視しない時期が続きます。萩原聖人主演・亀山千広プロデュースのドラマ『若者のすべて』では二番手の友人役で、友人が昏睡状態に陥ったことに責任を感じながら生きる男。映画『シュート!』では中居正広演じる主人公のサッカー部の先輩でありながら病気で死んでしまう......といったような印象に残る役柄を演じます。
木村が単独初主演をするのは『あすなろ白書』から3年後の96年のこと。『あすなろ白書』と同じ亀山プロデュースで北川悦吏子脚本による作品。それが、最終回の視聴率は36.7パーセントと、社会現象となった『ロングバケーション』です。
そこから木村の人気は盤石なものとなり、『ラブジェネレーション」『HERO』と、10年以上もの間、主演ドラマが軒並み視聴率20パーセントを超えるような大ヒットを続けるようになるのです。
木村は若い段階から、仕事を"選ぼう"という意識を持っていました。「こうなりたい」という自分の仕事のビジョンが明確にあって、それに近づくためには、目上の人にも意見したのです。他人の言うこと全てをそのまま受け入れるのではなく、自分で自分の人生をコントロールしていこうとする。
自分がなりたい未来像の前には「月9ドラマの男一番手」という普通だったら飛びつくような、オイシイ話にも木村拓哉の意志が揺るがされることはありませんでした。冷静に役者として自分が行きたい場所を見つめていたのです。
<中略>
もちろん、他人に言われた仕事をこなし続けるのもひとつの美徳ではありますが、ときには、自分のビジョンとかけ離れていないか、その仕事の延長線上に自分の理想はあるのか、立ち止まって考えてみるべきなのかもしれません。
木村はひとつひとつの仕事が、自分の未来に及ぼす影響を考えて仕事をすることで、理想とする自分のビジョンに、強烈な意志をもって近づいていった人なのです。
仕事ではありませんが、当時のジャニーズのアイドルとしては珍しく、しかも『ビューティフルライフ」が大ヒットを記録した2000年、28歳での結婚や父になる決断も、なりたい自分の将来像に対する、強烈な意志の表れなのではないでしょうか。
「自分の強みはジャニーズです」
一方で、自分の意志をしっかり持つことと、自分の力を過信することは別だということにも気をつけているようです。
自分の力を過信すると、周囲で支えてくれている人たちがいる、ということを忘れがちになってしまいます。
しかし、木村はその意識をきちんと持っています。
「映画の記者会見などで「俳優部の一員として......」と言うのはその表れ。衣装部、照明部、演出部......他にも多くの人たちがいて作品が成立していて、自分はそのうちのひとつの部の一員でしかない、という意識が強いのです。そこに「自分が主役だ!」とい う自我は垣間見えません。
冒頭に引用した言葉の通り、木村拓哉はもちろん努力という意味で頑張ってきたけれど、語源のようにむやみに「"我"を張ってきた」男ではないのです。
本人もこう語っています。
「僕らの仕事は、『この役をあなたにお願いしたい』と誰かに言われて初めて成立します。まず、そう言ってもらえるのが信じられないほどありがたいこと。思いを作品という形にして、たくさんの人たちに向けて放つというのは、ものすごいエネルギー。僕は、 そこに一員として参加させてもらっているだけです。一人じゃ、なんにもできないんですよ。『自分一人で』という感覚は、僕の中では皆無です」
どの世界にも、ひとりでできる仕事なんて、ありません。
木村拓哉は、"自分の意志をしっかり持つこと"と"周囲のお陰で自分が仕事をできるという意識を持つこと"をしっかりと自分の中に共存させているのです。だからこそ、ときに自分の意志をしっかりと主張しても、周囲が理解を示し、協力をする。
長年にわたって、正直、調子に乗ってもいいくらいの実績を出し続けながら、自分の力を過信しない。
逆説的な言い方ではありますが、そうやって、自分の力を謙虚に問い続けることも、 相当な意志の強さがないとできない、とも言えるでしょう。
第一線を走り続けながらも、決して「自分ひとりで」という感覚を持たない。かつて、 糸井重里が木村に「自分の強みは?」と聞いたところ、こう返ってきたといいます。
「ジャニーズです」と。
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確かにキムタクは何でもできるって印象はありますね。でも、それは"天才だから”ではなく、"そのための努力をしてるから”。
その通りだと思います。
僕たちなんかよりもはるかに仕事が忙しく、色んな仕事をやっているんだけど、絶対、現場に台本は持ち込まない。どんなに長いシーンでも、彼が台本を見るってことはなかった。
なんかかっこいいですよね。
派手に見える世界でも、みんな努力してるんだって、改めて気づかされます。
話が変わりますが、ちょっと前、クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』が流行ってたころ、主題歌が「I Was Born To Love You」で、キムタクと竹内結子主演のアイスホッケーのドラマ『プライド』がフジテレビで再放送されていました。キムタクのドラマで私が『ビューティフルライフ』に継いで好きなドラマで、今もTSUTAYAにレンタルでありますが、若かりし頃の、綺麗でめちゃくちゃかっこいいキムタクが見れます(このドラマはほんとかっこいい)。
そう言えば、今回グランメゾン東京で共演の鈴木京香も、華麗なる一族で、キムタクの父親役の北大路欣也の愛人役という独特のポジショニングで共演してましたね。
(つづく)
過去十数回に渡って「努力」という切り口でずっと書き続けています。
だから自分の中でアンテナが立っているんでしょうね。本屋に入ってすぐに、この本が目に飛び込んできました。
ジャニーズは努力が9割(霜田明寛著 新潮新書)

このテーマでブログを書いてなかったら、たぶん目に留まらず素通りしていたでしょうね。
よく言いますよね?車の買い換えを検討しているときって、候補の車種が街中でやたらと目に留まるって。でも、買い換えに全く関心が無かった頃も同じようにその車は街中を走っていたはず。なのにその時は気が付かない。
人間は毎日色んなモノを見ているはずなのに、意識や関心のないものは
「見えども見えず」
なんですね。
他のことに意識が行っているとそれ以外のことが見えなくなってしまう「見えないゴリラ」という実験をご存じでしょうか?知らない方は面白い動画なので、ご覧の上、クイズに答えてください。
声が出るので注意してください。
https://www.youtube.com/watch?v=mpCwZrSTabg
「見えないゴリラ」で検索すると様々な解説が出てきますので、引き続き興味関心がある方は調べてみてください。
話が逸れてしまいました。今日のブログは、そのアンテナが立っていたせいで目に留まった「ジャニーズは努力が9割」を紹介したいと思います。わずか800円の新書なんで、つべこべ言わずにさっさと買って読んで貰ったら良いだけなんですけどね(笑)。
まずはこちらからご覧下さい。
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201ページ:ジャニーとドラッカーの共通点
いったい、ジャニー喜多川はジュニアを選ぶとき、はたまたジュニアからデビューするグループのメンバーを選ぶとき、どんなところを見ているのでしょう。ジュニアのオーディションではダンス審査があるので、ダンスの技術を見ていると思いきや、どうやらそうではないようです。ジャニー喜多川はジュニアの選抜基準を自身でこう語っています。
「踊りのうまい下手は関係ない。それよりも人間性。やる気があって、人間的にすばらしければ、誰でもいいんです」
天下のジャニーズ事務所の選抜基準が"やる気"と"人間的にすばらしい"だけで、「誰でもいい」とは驚きです。一般企業では、採用基準に「コミュニケーション能力が高く、創造性があり・・・」などと細かく条件をつけるところもある中で、これは一見、曖昧な基準にも思えます。
しかし実は、こうしたジャニーの選抜基準と「経営の神様」と呼ばれるドラッカーの説く組織論は驚くほど一致するのです。
ドラッカーはその著書『マネジメント』で「人間に関わる決定は、真摯さこそ唯一絶対の条件」といい、「真摯さを絶対視して初めてまともな組織といえる」とまで言っています。これはまさにジャニー喜多川の言う「人間的にすばらしい」と同じで、それがあれば「誰でもいい」というのも、真摯さの絶対視に他ならないでしょう。
さらにドラッカーは「組織の目的は、凡人をして非凡なことを行わせることにある」とも言っており、ここまでくると、普通の少年たちをスターにして"特別なこと"を成し遂げさせてきたジャニーズ事務所のために作られた言葉ではないか、と思うほどです。
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私もこの本を読むまでは、ジャニーさんは100%、顔の綺麗さやダンスのうまさで選んでたと思っていました。もちろん対象は十代の男の子ですから、将来伸びる伸びない、売れる売れないを見極める(見抜く)ことのできるジャニーさんの抜群のセンスによって。でもそれは、半分は正してくて半分は間違っていることをこの本で知りました。
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199ページ:日本で最も優秀な採用担当者
ジャニー喜多川が優れているのは、とにかくまずは"人を見抜く目"でしょう。1962年の創業から、半世紀以上にわたる繁栄の基礎となっているのが、ジャニー喜多川の"人を見抜く能力"です。例えば『金田一少年の事件簿』や『暗殺教室』など、今や多くのドラマや映画の主演を飾る、Hei!Say!JUMPの山田涼介。オーディション当時は、まだ、まあるい顔のかわいい素朴な小学生の男の子でした。正直ここまでのスター性を持った青年になるということは、なかなか気づくことができないでしょう。他にも、V6の岡田准一がオーディションで初めてテレビに出た時は、文字通りほっぺの赤い男の子でしたし、KATーTUNの上田竜也はジュニアの時期には、ファンからすらも「サル」というあだ名をつけられていた・・・・といった、"スタート時点"の彼らは、その時点ではスターとは形容しずらい存在でした。
しかしジャニー喜多川は、そんな彼らを選び、スターにしていきました。いわばジャニー喜多川は、「日本一優秀な採用担当者」でもあるのです。その最大の理由は、"未来を見通すことができるから"。超能力のような表現ですが、芸能界でも一般企業でも、採用する側に最も必要な能力は、この未来を見通す能力である、というところは同じです。
なぜ未来を見通す能力が必要なのか。企業の採用担当者などがよく語る、人を選ぶ難しさは、その人物が"今どうなのか”だけではなく、"今後どうなるのか"を見抜かねばならない点です。現時点のその人との面接で、5年後、10年後のその人を予想して採用する事が求められます。
「5年後、思ったほど成長しなかった」とか「もっと伸びる人物だと思ってたけど、そうでもなかった」なんて、予想が外れることはよくある話です。
もちろん他人の未来の姿なんて、そう簡単に予想できるものではありません。さらにジャニーズの場合は、そこに「成長期の男の子のルックス」という極めて不確定な要素が加わります。しかし、ジャニー喜多川の目は確か。山下智久は、彼がこう言っているのを聞いたことがあると言います。
「僕には20年後の顔が見えるんだよ」
将来の変化を見通しているジャニー喜多川。傍から見たら普通の男の子に見える少年たちでも、自らの目で未来を予想し、選抜しています。
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ジャニーさんの特別な能力である選択眼によって見いだされた普通の男の子は、その後、自身の努力によってそのスター性を開花させ、日本国民を熱狂させる、特別なことをする存在にまで成長していきます。
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3ページ:はじめに
ジャニーズは努力でできている
努力は人を変える――。
そうジャニーズは教えてくれました。
中居正広と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?多くの人が、そのバラエティ番組の司会者ぶりから、もともと明るく、機転の利く人という印象を持っているのではないでしょうか?しかし、ジャニー喜多川は中居正広のことを「おとなしかった」と振り返り、本人も「話すのは、正直、苦手分野」「アドリブとか利く方ではない」と、10代から仕事に関するメモを書き留め、今でも入念なシュミレーションをしてバラエティ番組にのぞんでいます。
今や俳優としての地位を確立している岡田准一には、毎日仕事終わりに、寝ずに映画を3本観て学んでいた日々がありました。
堂本剛は、Kinki Kidsとして成功を収めた後も、ソロ・プロジェクトを始動させるために、自ら企画書を書いてコピーし、社内でプレゼンをする、というようなことまでやっています。
広く知られてはいませんが、ジャニーズのタレントたちは陰で必死の努力を続けていて、それぞれに「人生の哲学」を持っているのです。
僕が初めて憧れた大人は、ジャニーズでした。9歳でSMAPに憧れ、15歳で同い年の山下智久の活躍に刺激を受けジャニーズ事務所に履歴書を送り始め、18歳でジャニーズJr.オーディションを受けました。2009年、23歳のときに雑誌『SPA!』の「ジャニヲタ男子の奇妙な日常」という特集で、日本で初めて「ジャニヲタ男子」として取り上げられ、それ以降もジャニーズへの愛は冷めることなく、今も女性ばかりのライブ会場に勇気を持って乗り込んでいます。普段は、編集長を務めるWEBメディアで、俳優や映画監督にインタビューをし、人生の哲学や世に出るまでの努力の過程を聞いて文章にしています。
ちなみにオーディションでは、事務所の女性に「皆さんはここに呼ばれた時点で、ジャニーズJr.研修生です。すぐに連絡が来なくてもあきらめないで待っていてください。時間が経って連絡することもありますから」と言われました。なので、現在の僕は「待っている」状況です。あれから15年が過ぎようとしています。
冗談はさておき、「ジャニーズに自分の人生を変えてくれるような哲学がある」「ジャニーズは努力できている」と聞いて、こう感じると思います。「いやいや、彼らは"もともと"すごかったんでしょう?」と。
たしかに、僕もそう思ってました。特別な星の下に生まれてくる人と、それ以外の星に生まれてくる人――。世の中にはその2種類しかいないと思っていたのです。「ジャニーズは特別な星のもとに生まれた人たちなんだ」と、彼らと自分の間に線を引いていました。
しかし、そうではないと、ジャニーズ本人から突きつけられたことがあります。
オーディションに落ちた翌年。20歳の頃、端役ながら、元男闘呼組の岡本健一さんの舞台に出演する機会を得ました。稽古期間も3週間過ぎ、だいぶ打ち解けてきた頃、休憩場で2人きりになった瞬間を見計らって、ずっと言おうと思っていたことを、岡本さんに伝えました。
「僕、ジャニーズJr.になりたいんです」
笑われるかと思ってました。「その顔で?」「その身長で?」「その歳で?」・・・何を言われるんだろうと怖くもありました。そもそもオーディションで一度落ちている身。自分が何者でもないということをあらためて突きつけられる可能性のほうが高かったと思います。
しかし、岡本さんは僕の目をまっすぐにに見て、こう言いました。
「努力できる?」
岡本さんは、ルックスや運動神経のような生まれもった才能ではなく、「努力できるかどうか」の一点のみで、ジャニーズ入りの資格を問うてきたのです。岡本さんの目は真剣で、僕の直訴を一笑に付したりはしませんでした。
現在持ち合わせている能力で判断するのではなく、未来を見て「やるのか、やらないのか」を問う。それは、ジャニー喜多川が人を選ぶときの「やる気があれば誰でもいい」という選抜基準と、驚くほど一致しています。その詳細は第2部で紹介しますが、もちろん当時の僕はそんな事を知るよしもありませんでした。
ジャニー喜多川がそうであるように、岡本さんは夢を笑わない大人でした。僕が初めて出会った、どんなに無謀な夢を語ったとしても、人の夢を否定しない大人。
岡本さんは教えてくれました。ジャニーズの人たちが、小さい頃からどれだけ努力を重ねてきた人たちであるかを。
そう語る岡本さん自身、休みの日も稽古場に来て、空いているスペースでひとり稽古をしたり、他の出演者の様子をじっと眺めたりしていました。年下のキャストにアドバイスをするためだけに来てくれることもあり、その後、舞台演出家として活躍されるキャリアを思うと、演出家としての努力をしていたのかもしれません。
岡本さんをはじめとするジャニーズは、天性の才能を持って生まれてきたから、今の活躍があるわけではない。努力を重ねてきたからこそ、活躍できている――。
"才能"とは、死ぬ気で身に付けるものである
ジャニーズは努力によって特別になっていった人たちである――。
それは岡本さんの背中から教わった、偉大な真実でした。そして、この真実を直視することは、僕の人生を一変させました。それは、絶望でもあり、希望でもありました。
それまではジャニーズを、恵まれたルックスを持って生まれた人たちの集団だと思っていました。おそらく、多くの人が同じような眼差しでジャニーズを見つめていることと思います。彼らは運良くイケているルックスで生まれ、運良くジャニーズに選ばれ、運良く人気を得ている「特別な星のもとに生まれた、選ばれし人たちなのだ」と。
彼らの活躍の裏には不断の努力や思考の重なりがあります。しかし、ファンでありながらも僕は、それを直視せず、見て見ぬふりをしてきたのでした。
なぜならば「彼らと自分は生まれた星が違うのだ」と思い込む方が楽だったから。しかし現実は違いました。彼らもまた「普通の星のもとに生まれた、普通の人たち」だったのです。ですが、彼らはそこから努力を重ね、一方で自分は怠っていた。その差が、そのまま人生の差になっている。それを見つめることは苦しくもありました。
舞台演出家・蜷川幸雄に密着したNHKのドキュメンタリーで、こんなシーンがありました。蜷川幸雄は、自分の劇団に所属する、まだ売れていない若手の舞台俳優たちにこう檄を飛ばします。
「なんでジャニーズの方が努力してんだよ!お前らより売れてる奴らがよ!全然説得力ねえよ!」
ジャニーズたちの人生に目を向けると、自分の人生こそ説得力がないものだ、ということを自覚しなくてはいけない――それが絶望の理由です。
しかし一方で、岡本さんの言葉は希望でもありました。「この世界は、努力すればなんとかなる希望の世界である」と教えてもらったような気がするからです。それは一見すると、芸能界のような才能のみで決るように見える世界ですら同じなのだ、と。"普通の星"に生まれた人たちが、特別なことを成し遂げるまでの進化の過程は、同じく"普通の星"に生まれた何者でもない自分にも、何か特別なことを成し遂げられる道筋を示してくれる気がしました。それは絶望の後に差し込んだ、一筋の希望の光でもありました。そこにこそ、人生のヒントが詰まっているはずだ、と。
岡本健一さんに「努力できる?」と問われてから約15年、ジャニーズがどんな努力や工夫をこらして、自分の人生を歩んできたのかを見つめ、調べてまとめたのが本書です。共通していたのは、もともと特別な星のもとに生まれた人なんていないんだ、ということ。普通の人が特別なことを成し遂げるための道は、確実に存在するということ。そしてその道は1本ではなく、無数に存在しているということ。活躍の仕方が十人十色なら、そこまでも努力の仕方も十人十色です。
どこにでもいる少年だった彼らが、努力の結果、東京ドームを5万人の歓声でわかせたり、帝国劇場の単独主演記録を塗り替えたり、ひとりでNHKからテレビ東京までの全局にレギュラー番組を持ったり――。ジャニーズの人たちは教えてくれました。才能とは、天から授かるものではなく、死ぬ気で身に付けるものである、と。
<中略>
本書は「ジャニーズを目指せ!」と鼓舞する本ではありません。「ジャニーズの努力」に目を向けると人生がちょっと変わる。「現在の自分が、思い描いていた自分と違う」とか「もう少し頑張りたい」といった人たちに、自分の人生を変えるヒントを、ジャニーズの生き様の中に見つけて欲しいと思ってまとめました。
"天才ではない人の努力の話"には再現性があります。第1部で厳選した16人のエピソードの中には、仕事や人生において「未完成な自分がどう成長していくか」という悩みに対する答えが見つけられるはずです。そしてジャニー喜多川と、人を育てる仕組みとしてのジャニーズに注目した第2部は、誰かを「育てる」立場にある人にもお役に立てるはずです。
「努力は人を裏切らない」とか「人は何にでもなれる」とか「あきらめなければ夢は叶う」という言葉は、一笑に付してしまいたくなる手垢のついた言葉かもしれません。しかし本書で紹介する彼らの努力を知ってもらった後に、それらの言葉が心の奥底に深く説得力を持つようになれば幸いです。
あなたがそこからどんな夢を持とうとも、それを体現してきたジャニーズの彼らならきっと笑わないはずです。
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第1部の厳選した16人とは、以下の人たちです。
1.中居正広
2.木村拓哉
3.長瀬智也
4.国分太一
5.岡田准一
6.井ノ原快彦
7.堂本剛
8.堂本光一
9.櫻井翔
10.大野智
11.滝沢秀明
12.風間俊介
13.村上信五
14.亀梨和也
15.伊野尾慧
16.中島健人
個人的には、岡田准一と亀梨和也の内容が良かった。
ジャニーズのファンの方はもちろん、そうでない方も、わずかな投資で"やる気”を買うことができますので、ぜひお勧め!
(つづく)
だから自分の中でアンテナが立っているんでしょうね。本屋に入ってすぐに、この本が目に飛び込んできました。
ジャニーズは努力が9割(霜田明寛著 新潮新書)

このテーマでブログを書いてなかったら、たぶん目に留まらず素通りしていたでしょうね。
よく言いますよね?車の買い換えを検討しているときって、候補の車種が街中でやたらと目に留まるって。でも、買い換えに全く関心が無かった頃も同じようにその車は街中を走っていたはず。なのにその時は気が付かない。
人間は毎日色んなモノを見ているはずなのに、意識や関心のないものは
「見えども見えず」
なんですね。
他のことに意識が行っているとそれ以外のことが見えなくなってしまう「見えないゴリラ」という実験をご存じでしょうか?知らない方は面白い動画なので、ご覧の上、クイズに答えてください。
声が出るので注意してください。
https://www.youtube.com/watch?v=mpCwZrSTabg
「見えないゴリラ」で検索すると様々な解説が出てきますので、引き続き興味関心がある方は調べてみてください。
話が逸れてしまいました。今日のブログは、そのアンテナが立っていたせいで目に留まった「ジャニーズは努力が9割」を紹介したいと思います。わずか800円の新書なんで、つべこべ言わずにさっさと買って読んで貰ったら良いだけなんですけどね(笑)。
まずはこちらからご覧下さい。
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201ページ:ジャニーとドラッカーの共通点
いったい、ジャニー喜多川はジュニアを選ぶとき、はたまたジュニアからデビューするグループのメンバーを選ぶとき、どんなところを見ているのでしょう。ジュニアのオーディションではダンス審査があるので、ダンスの技術を見ていると思いきや、どうやらそうではないようです。ジャニー喜多川はジュニアの選抜基準を自身でこう語っています。
「踊りのうまい下手は関係ない。それよりも人間性。やる気があって、人間的にすばらしければ、誰でもいいんです」
天下のジャニーズ事務所の選抜基準が"やる気"と"人間的にすばらしい"だけで、「誰でもいい」とは驚きです。一般企業では、採用基準に「コミュニケーション能力が高く、創造性があり・・・」などと細かく条件をつけるところもある中で、これは一見、曖昧な基準にも思えます。
しかし実は、こうしたジャニーの選抜基準と「経営の神様」と呼ばれるドラッカーの説く組織論は驚くほど一致するのです。
ドラッカーはその著書『マネジメント』で「人間に関わる決定は、真摯さこそ唯一絶対の条件」といい、「真摯さを絶対視して初めてまともな組織といえる」とまで言っています。これはまさにジャニー喜多川の言う「人間的にすばらしい」と同じで、それがあれば「誰でもいい」というのも、真摯さの絶対視に他ならないでしょう。
さらにドラッカーは「組織の目的は、凡人をして非凡なことを行わせることにある」とも言っており、ここまでくると、普通の少年たちをスターにして"特別なこと"を成し遂げさせてきたジャニーズ事務所のために作られた言葉ではないか、と思うほどです。
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私もこの本を読むまでは、ジャニーさんは100%、顔の綺麗さやダンスのうまさで選んでたと思っていました。もちろん対象は十代の男の子ですから、将来伸びる伸びない、売れる売れないを見極める(見抜く)ことのできるジャニーさんの抜群のセンスによって。でもそれは、半分は正してくて半分は間違っていることをこの本で知りました。
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199ページ:日本で最も優秀な採用担当者
ジャニー喜多川が優れているのは、とにかくまずは"人を見抜く目"でしょう。1962年の創業から、半世紀以上にわたる繁栄の基礎となっているのが、ジャニー喜多川の"人を見抜く能力"です。例えば『金田一少年の事件簿』や『暗殺教室』など、今や多くのドラマや映画の主演を飾る、Hei!Say!JUMPの山田涼介。オーディション当時は、まだ、まあるい顔のかわいい素朴な小学生の男の子でした。正直ここまでのスター性を持った青年になるということは、なかなか気づくことができないでしょう。他にも、V6の岡田准一がオーディションで初めてテレビに出た時は、文字通りほっぺの赤い男の子でしたし、KATーTUNの上田竜也はジュニアの時期には、ファンからすらも「サル」というあだ名をつけられていた・・・・といった、"スタート時点"の彼らは、その時点ではスターとは形容しずらい存在でした。
しかしジャニー喜多川は、そんな彼らを選び、スターにしていきました。いわばジャニー喜多川は、「日本一優秀な採用担当者」でもあるのです。その最大の理由は、"未来を見通すことができるから"。超能力のような表現ですが、芸能界でも一般企業でも、採用する側に最も必要な能力は、この未来を見通す能力である、というところは同じです。
なぜ未来を見通す能力が必要なのか。企業の採用担当者などがよく語る、人を選ぶ難しさは、その人物が"今どうなのか”だけではなく、"今後どうなるのか"を見抜かねばならない点です。現時点のその人との面接で、5年後、10年後のその人を予想して採用する事が求められます。
「5年後、思ったほど成長しなかった」とか「もっと伸びる人物だと思ってたけど、そうでもなかった」なんて、予想が外れることはよくある話です。
もちろん他人の未来の姿なんて、そう簡単に予想できるものではありません。さらにジャニーズの場合は、そこに「成長期の男の子のルックス」という極めて不確定な要素が加わります。しかし、ジャニー喜多川の目は確か。山下智久は、彼がこう言っているのを聞いたことがあると言います。
「僕には20年後の顔が見えるんだよ」
将来の変化を見通しているジャニー喜多川。傍から見たら普通の男の子に見える少年たちでも、自らの目で未来を予想し、選抜しています。
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ジャニーさんの特別な能力である選択眼によって見いだされた普通の男の子は、その後、自身の努力によってそのスター性を開花させ、日本国民を熱狂させる、特別なことをする存在にまで成長していきます。
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3ページ:はじめに
ジャニーズは努力でできている
努力は人を変える――。
そうジャニーズは教えてくれました。
中居正広と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?多くの人が、そのバラエティ番組の司会者ぶりから、もともと明るく、機転の利く人という印象を持っているのではないでしょうか?しかし、ジャニー喜多川は中居正広のことを「おとなしかった」と振り返り、本人も「話すのは、正直、苦手分野」「アドリブとか利く方ではない」と、10代から仕事に関するメモを書き留め、今でも入念なシュミレーションをしてバラエティ番組にのぞんでいます。
今や俳優としての地位を確立している岡田准一には、毎日仕事終わりに、寝ずに映画を3本観て学んでいた日々がありました。
堂本剛は、Kinki Kidsとして成功を収めた後も、ソロ・プロジェクトを始動させるために、自ら企画書を書いてコピーし、社内でプレゼンをする、というようなことまでやっています。
広く知られてはいませんが、ジャニーズのタレントたちは陰で必死の努力を続けていて、それぞれに「人生の哲学」を持っているのです。
僕が初めて憧れた大人は、ジャニーズでした。9歳でSMAPに憧れ、15歳で同い年の山下智久の活躍に刺激を受けジャニーズ事務所に履歴書を送り始め、18歳でジャニーズJr.オーディションを受けました。2009年、23歳のときに雑誌『SPA!』の「ジャニヲタ男子の奇妙な日常」という特集で、日本で初めて「ジャニヲタ男子」として取り上げられ、それ以降もジャニーズへの愛は冷めることなく、今も女性ばかりのライブ会場に勇気を持って乗り込んでいます。普段は、編集長を務めるWEBメディアで、俳優や映画監督にインタビューをし、人生の哲学や世に出るまでの努力の過程を聞いて文章にしています。
ちなみにオーディションでは、事務所の女性に「皆さんはここに呼ばれた時点で、ジャニーズJr.研修生です。すぐに連絡が来なくてもあきらめないで待っていてください。時間が経って連絡することもありますから」と言われました。なので、現在の僕は「待っている」状況です。あれから15年が過ぎようとしています。
冗談はさておき、「ジャニーズに自分の人生を変えてくれるような哲学がある」「ジャニーズは努力できている」と聞いて、こう感じると思います。「いやいや、彼らは"もともと"すごかったんでしょう?」と。
たしかに、僕もそう思ってました。特別な星の下に生まれてくる人と、それ以外の星に生まれてくる人――。世の中にはその2種類しかいないと思っていたのです。「ジャニーズは特別な星のもとに生まれた人たちなんだ」と、彼らと自分の間に線を引いていました。
しかし、そうではないと、ジャニーズ本人から突きつけられたことがあります。
オーディションに落ちた翌年。20歳の頃、端役ながら、元男闘呼組の岡本健一さんの舞台に出演する機会を得ました。稽古期間も3週間過ぎ、だいぶ打ち解けてきた頃、休憩場で2人きりになった瞬間を見計らって、ずっと言おうと思っていたことを、岡本さんに伝えました。
「僕、ジャニーズJr.になりたいんです」
笑われるかと思ってました。「その顔で?」「その身長で?」「その歳で?」・・・何を言われるんだろうと怖くもありました。そもそもオーディションで一度落ちている身。自分が何者でもないということをあらためて突きつけられる可能性のほうが高かったと思います。
しかし、岡本さんは僕の目をまっすぐにに見て、こう言いました。
「努力できる?」
岡本さんは、ルックスや運動神経のような生まれもった才能ではなく、「努力できるかどうか」の一点のみで、ジャニーズ入りの資格を問うてきたのです。岡本さんの目は真剣で、僕の直訴を一笑に付したりはしませんでした。
現在持ち合わせている能力で判断するのではなく、未来を見て「やるのか、やらないのか」を問う。それは、ジャニー喜多川が人を選ぶときの「やる気があれば誰でもいい」という選抜基準と、驚くほど一致しています。その詳細は第2部で紹介しますが、もちろん当時の僕はそんな事を知るよしもありませんでした。
ジャニー喜多川がそうであるように、岡本さんは夢を笑わない大人でした。僕が初めて出会った、どんなに無謀な夢を語ったとしても、人の夢を否定しない大人。
岡本さんは教えてくれました。ジャニーズの人たちが、小さい頃からどれだけ努力を重ねてきた人たちであるかを。
そう語る岡本さん自身、休みの日も稽古場に来て、空いているスペースでひとり稽古をしたり、他の出演者の様子をじっと眺めたりしていました。年下のキャストにアドバイスをするためだけに来てくれることもあり、その後、舞台演出家として活躍されるキャリアを思うと、演出家としての努力をしていたのかもしれません。
岡本さんをはじめとするジャニーズは、天性の才能を持って生まれてきたから、今の活躍があるわけではない。努力を重ねてきたからこそ、活躍できている――。
"才能"とは、死ぬ気で身に付けるものである
ジャニーズは努力によって特別になっていった人たちである――。
それは岡本さんの背中から教わった、偉大な真実でした。そして、この真実を直視することは、僕の人生を一変させました。それは、絶望でもあり、希望でもありました。
それまではジャニーズを、恵まれたルックスを持って生まれた人たちの集団だと思っていました。おそらく、多くの人が同じような眼差しでジャニーズを見つめていることと思います。彼らは運良くイケているルックスで生まれ、運良くジャニーズに選ばれ、運良く人気を得ている「特別な星のもとに生まれた、選ばれし人たちなのだ」と。
彼らの活躍の裏には不断の努力や思考の重なりがあります。しかし、ファンでありながらも僕は、それを直視せず、見て見ぬふりをしてきたのでした。
なぜならば「彼らと自分は生まれた星が違うのだ」と思い込む方が楽だったから。しかし現実は違いました。彼らもまた「普通の星のもとに生まれた、普通の人たち」だったのです。ですが、彼らはそこから努力を重ね、一方で自分は怠っていた。その差が、そのまま人生の差になっている。それを見つめることは苦しくもありました。
舞台演出家・蜷川幸雄に密着したNHKのドキュメンタリーで、こんなシーンがありました。蜷川幸雄は、自分の劇団に所属する、まだ売れていない若手の舞台俳優たちにこう檄を飛ばします。
「なんでジャニーズの方が努力してんだよ!お前らより売れてる奴らがよ!全然説得力ねえよ!」
ジャニーズたちの人生に目を向けると、自分の人生こそ説得力がないものだ、ということを自覚しなくてはいけない――それが絶望の理由です。
しかし一方で、岡本さんの言葉は希望でもありました。「この世界は、努力すればなんとかなる希望の世界である」と教えてもらったような気がするからです。それは一見すると、芸能界のような才能のみで決るように見える世界ですら同じなのだ、と。"普通の星"に生まれた人たちが、特別なことを成し遂げるまでの進化の過程は、同じく"普通の星"に生まれた何者でもない自分にも、何か特別なことを成し遂げられる道筋を示してくれる気がしました。それは絶望の後に差し込んだ、一筋の希望の光でもありました。そこにこそ、人生のヒントが詰まっているはずだ、と。
岡本健一さんに「努力できる?」と問われてから約15年、ジャニーズがどんな努力や工夫をこらして、自分の人生を歩んできたのかを見つめ、調べてまとめたのが本書です。共通していたのは、もともと特別な星のもとに生まれた人なんていないんだ、ということ。普通の人が特別なことを成し遂げるための道は、確実に存在するということ。そしてその道は1本ではなく、無数に存在しているということ。活躍の仕方が十人十色なら、そこまでも努力の仕方も十人十色です。
どこにでもいる少年だった彼らが、努力の結果、東京ドームを5万人の歓声でわかせたり、帝国劇場の単独主演記録を塗り替えたり、ひとりでNHKからテレビ東京までの全局にレギュラー番組を持ったり――。ジャニーズの人たちは教えてくれました。才能とは、天から授かるものではなく、死ぬ気で身に付けるものである、と。
<中略>
本書は「ジャニーズを目指せ!」と鼓舞する本ではありません。「ジャニーズの努力」に目を向けると人生がちょっと変わる。「現在の自分が、思い描いていた自分と違う」とか「もう少し頑張りたい」といった人たちに、自分の人生を変えるヒントを、ジャニーズの生き様の中に見つけて欲しいと思ってまとめました。
"天才ではない人の努力の話"には再現性があります。第1部で厳選した16人のエピソードの中には、仕事や人生において「未完成な自分がどう成長していくか」という悩みに対する答えが見つけられるはずです。そしてジャニー喜多川と、人を育てる仕組みとしてのジャニーズに注目した第2部は、誰かを「育てる」立場にある人にもお役に立てるはずです。
「努力は人を裏切らない」とか「人は何にでもなれる」とか「あきらめなければ夢は叶う」という言葉は、一笑に付してしまいたくなる手垢のついた言葉かもしれません。しかし本書で紹介する彼らの努力を知ってもらった後に、それらの言葉が心の奥底に深く説得力を持つようになれば幸いです。
あなたがそこからどんな夢を持とうとも、それを体現してきたジャニーズの彼らならきっと笑わないはずです。
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第1部の厳選した16人とは、以下の人たちです。
1.中居正広
2.木村拓哉
3.長瀬智也
4.国分太一
5.岡田准一
6.井ノ原快彦
7.堂本剛
8.堂本光一
9.櫻井翔
10.大野智
11.滝沢秀明
12.風間俊介
13.村上信五
14.亀梨和也
15.伊野尾慧
16.中島健人
個人的には、岡田准一と亀梨和也の内容が良かった。
ジャニーズのファンの方はもちろん、そうでない方も、わずかな投資で"やる気”を買うことができますので、ぜひお勧め!
(つづく)
今月19日の職場の教養は土曜日でしたので、恐らくほとんどの人は読んでないと思います。
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題:成長するには
欧米の英語圏では、「金持ちは、ますます金持ちになる」という言葉があります。お金を持てば持つほど、様々な活動を行う余裕が生まれ、結果として、ますますお金を稼ぐことができるようになる、ということを示しています。
日々の地道な努力と決意ある行動を積み重ねることは、更なる努力と行動を呼び起こします。その連鎖は更なる高みにまで自らを運んでくれます。
例えば、知り合いを多く作れば作るほど、知り合いが知り合いを呼び、ますます知り合いが増えることが知られています。また、書籍を読み、知識を蓄えれば、理解力が高まり、ますます新しい意識を吸収しやすくなるでしょう。
しかし、これは裏を返せば、何事も新しく始めた直後はそれについての知識などがなく、身につく速度が遅いことを意味します。このことが、もどかしさを生み、新しいことを始めてもすぐにやめてしまう要因になるのかもしれません。
新しいチャレンジを始めた時には、この言葉を思い出してみてはいかがでしょうか?諦めずに続けることで、視界が開けてくるはずです。
今日の心がけ
◆何事も辛抱強く続けましょう
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後半の部分は、特に今年入社した人たちは、しかと心に留めていて欲しい。
特に解説は要らないでしょう。むしろ私が、手垢の付いたような言葉でこれを補足しようとすればするほどかえって逆効果になるかもしれませんので、少しだけにしておきます。
私が筋トレをするようになって、かれこれ7年が経ちます。これまでトレーニング中に吐きそうになったことはしばしば。終わって帰ってきたら、気持ち悪くて何にも食べられない、しばらく横になってた、なんてことも結構あります。当然辞めたいと思ったことは一度や二度ではありません。行く前に、まるで登校拒否、出社拒否の人間のような状態になったこともあります(自分は登校拒否や出社拒否に身体がなったことはありませんので、恐らくこんな感じかなぁ?と思ったということです)。
でも7年経った今、そのような状態を乗り越えられたのか、逆にモチベーションが沸いているというか、いよいよトレーニングが楽しく感じられる境地に達してきました。
何事も最初はしんどいものなのです。でもその状態は長くは続きません。上に書かれている通り、そのうち、視界がみるみる開けてくる機会(とき)が間違いなく来ます。こう話すとき、いつも脳裏に出てくる人がいます。この人です。それはなぜか?!読めば分かりますのでそのまま是非読んでみて下さい。素晴らしい内容です。
https://www.order-nobori.com/recruit/index.html#staff-nabeshima
だから1年や2年で諦めないで欲しい。見切らないで欲しい。私なんて7年かかったのですから。
そう言えば、うちの社員も7年目の人間が結構いますけれど、どんな気持ちなんでしょう?ぜひ同じチームのかわいい後輩に聞かせてあげてください。これまでの歩みを。
とにかく、続けることです。どんなことも続けること。
これに勝る「勝利への近道」「成功の法則」はない、そう断言できます。
というわけで今回は、その今年入ったばかりの新人さんが結構いますので、その方に向けてメッセージをお届けします。
■新入社員の皆さんへ~代表者からのメッセージ~
当社は、昭和36年9月に私の父が創業した会社で、今年の9月で満58歳(年)になりました。と言っても最初からずっと今と同じような仕事、同じようなものを作っていたわけではありません。どんな仕事をやっていて、そこからどうして今に至ったのか?!まずはそのあたりの経緯から、簡単ですがお話しますね。
私が大学を卒業後、2年間のサラリーマン生活を経て父の跡を継いだのは、1991年4月のこと。今から28年前、24歳の時でした。その時のハクロマークは何をしていたのかと言うと、大手家電メーカー(●●電機)の孫請けとして、家電製品の銘板(マーク)を抜いていました(だから社名にマークが入っています)。掃除機や洗濯機、扇風機、電子レンジやアイロン等に付いている、ONとかOFFとか、強弱とか、押すとか書いている操作銘板あるでしょ?あの部分。当時1個抜いて1円とか2円、それを何万個と抜いていました。1円とか2円と言っても馬鹿には出来ません。今と違って時代は高度経済成長期で大量生産してましたので、そんな単価でもよく儲かっていたんでしょうね。だってそんな儲かってなかったら、私達兄妹、大学まで行けてませんよ。兄なんて私学でおまけに東京で下宿ですから普通よりだいぶん金かかってますから。近所の人から、岸岡さんとこ、なんか抜いてるみたいやけど、お金でも抜きよってんちゃうやろか。そんな冗談も言われたりしていました(笑)。
でもその後、日本の製造業がこぞって海外に生産拠点を移す時代に入っていきます。親会社もまた中国へとスイッチ。仕事の中身自体も時代に合わなくなってきたことと併せて仕事は激減、私は止む無く1961年から約34年に渡って父親の代からやってきた金属プレス加工業を止める決断をします。1995年7月4日、私が事業を継いでから4年後のことでした。いま、事業などと少し恰好のいい表現をしましたが、当時の売上は年間で●●●●万円程度、今の一月分にも満たない金額でした。
その後私はどうしていたかというと、既存事業の合間に新規事業として細々とやり始めていた不動産の看板を主としたシルク印刷業に本格的に切り替えつつ、昼は外回り、夜は自身で印刷をやりながら7年を過ごすことになります。そしていよいよ2002年8月、初めてのインターネットショップ「オーダーのぼりドットコム」を開設するに至ります。これが今日の株式会社ハクロマーク製作所の始まり、第二創業です。この初のインターネットショップは嶋田の制作でした。
ページの都合上、「オーダーのぼりドットコム」開設までの7年間、何をしていたのか?!詳しくは書けませんが、当時は試行錯誤、暗中模索の連続でした。その間のエピソードを話せば紙面がいくらあっても足らないほどです。思い出すだけで胸がじ~んと来ることも一つや二つではありません。ただ、それを今話したからといってあまり意味はありません。なぜなら、私達は未来に生きているからです。これから先、私とあなたがたが協力し合って会社共々互いに成長していくことが一番大切なことだからです。変えられるのは過去ではなく、未来だけです。
お蔭様で今では6つのサイトを開設するまでに至り、1995年に●●●●万だった年商も2004年に●億、2006年●億、2012年に●億を超え、今期2016年度は●億●●●●万円でした。その間、2009年3月6日には法人成り(会社設立)もいたしました。私が家業を継いだ頃は、父の代から働いてくれていた定年前の職人3人だけだったのが、今現在はというと、電話窓口が5人、受注窓口が5人、デザイン部門6人、製造部門が9人、出荷部門4人、私を含め合計30名の会社にまでなりました。
でも当然ながらこれで満足するわけにはいきません。まだまだ道半ば。というのも、のぼりや旗、幕、のれん、看板はニッチ(隙間)な市場で小さいですが、トヨタやパナソニックなど大手がいませんから、まだまだ努力次第で伸びる、まだまだ、まだ見ぬお客様を獲得する余地が有る、そう思うからです。ホームページも今のこの6つで終わりではなく、ニーズを調査しつつまだまだ手つかずの市場や遅れたインターネット通販市場があれば作っていきたいと考えています。
とは言うものの足踏みしていることもまた事実です。そこで・・・
<中略>
かといって私は何も、規模の拡大のみを追及しているわけではありません。私の考えは基本的に選りすぐりの少数精鋭主義。チームワークを重視しているからこそ、互いにコミュニケーションがとれる適正サイズで、彼らが常に120%の力を発揮する。そのために私は設備、環境などの面でみんなの支援を出来る限りしていく。それが社長であり、みんなのサポーターとしての私の役目だと思っています。目指すは「We are small but bland.」(小さくてもキラリと光る会社)です。
規模や売上は「目的」ではありません。それらはあくまでも「手段」です。売上や利益を増やすことで、ちょっとやそっとの不景気が来ても揺るがない、内部留保をベースとした安定的財務基盤の構築、そして、いつでもどんな仕事が来ても一日前出荷が難なく出来る盤石な生産体制の確立を通して一人でも多くのお客様に喜んでいただく、これがハクロマークの経営目標です。
さて、ハクロマークの使命は、どの競合よりもお客様に密着し、お客様のニーズに合った思い通りのものを製作、必要とする納期内に確実にお届けすること、そしてその結果として当初のお客様の目的を叶えることです。それができさえすれば、お客様の心の中に「頼んで良かった」という満足感と「次も絶対頼もう」という信頼感ができあがり、またリピートしていただけます。ベースにあるのは、徹底してニーズに応えることによる「安心と信頼の提供」です。
この「使命」や「モットー」、「心得」徹底の為、この度新たに「クレドカード」を作り、毎朝の朝礼他、勉強会の開始時等様々な場面で唱和することにしました。言うまでもなく、従来からある「ハクロイズム」やポスターとして貼っている「仕事」や「成長」もハクロマークの基本的かつ重要な価値観です。これらがハクロマークの中心、軸になります。拠り所になります。判断基準になります。もちろん評価の基準であり、教育の基準でもあり、設備投資の基準です。端的に言えば、これらがハクロマークの目指す行動基準なのです。
これらを会社にいる時だけでも意識して実践していただければ、お客様だけでなく仲間からも安心と信頼を獲得することが出来ます。それがハクロマークの目指す境地であり、働く目的であり、手段であり、働く価値なのです。
もちろんその道のりは決して平坦ではありません。だからこそ、「努力を厭わない」がハクロマークの心得の中に入っています。職場こそ、自分を磨く学校であり、教室であり、修練の場であり、共に育っていこうとする共育の場なのです。その意味において失敗は何ら問題ではありません。未熟だから私たちは学んでいるのです。そもそも完璧な人間なんてこの世にいません。未経験者ならなおのこと、知らないことがあって当たり前なのです。失敗して当たり前なのです。そんなことよりも、積極性や何事にもチャレンジしていく姿勢の方が重要です。失敗やチャレンジを通じて人は大きくなっていくのです。むしろ失敗こそ成長の母です。逆に失敗がないということは、行動していない、チャレンジしていないとも言えるわけです。行動もチャレンジもしなければ失敗などするはずはないのですから。常に成長意欲を持ち、指示された以上の仕事をしようとミスを恐れず積極果敢に行動、努力、工夫の出来る人、これがわが社が求める人材像です。
今年入った新人の皆さんが一人の漏れもなく、そのような人材であると、私は心から信じます。
そういう努力を続けていると、入ったばかりの新人さんだってすぐに1人前になって、いつしかハクロマークになくてはならない一員となり、皆から信頼され、次に入ってくる後輩を助けカバーしている、そんな日が間違いなくやって来ます。そうでないと嘘です。だから・・・
ここからが大事です。
心が折れそうになるとき、しんどい時、つらい時、割に合わないと思うとき、時に愚痴をこぼす時もあるかもしれませんが、でも決して気持ちを切らさず、腐らず、あきらめないでいただきたい、辞めないで頂きたい、そう思います。このことを切に願ってやみません。
当社は、決して大きな会社ではありません。それどころか吹けば飛ぶほどの零細企業。あなた1人の責任は、100人の会社に比べて当然ながら大きくなります。でもそれは小さな会社に勤めることを決めた人間の宿命です。むしろ、そんなことは入るときからは分かっていた、覚悟して入社したはずです。あなたは
「自分の力が即、会社に反映されてやりがいがある」
「小さいほうが目標があっていい」「伸び代がある」「これからが楽しみ」
そう思って入社を決めたのではないのでしょうか?私はそう思っています。ここにいる人たち全員、そんな気持ちで入社したと。
今では、そんな一人一人の熱い気持ち、パッション、情熱が30も集まって、ハクロマークは小さい会社ながらも、キラリと光る存在感のある会社になりつつあると、私は自信を持って言えます。
そんな価値あるブランドへ更なる歩みを進めるためにも、あなたがたの全力をお貸しいただきたいのです。あなたがたの更なる頑張りが今のハクロマークには必要なのです。明るく元気な仲間たちと、そしてちょっと厳しい社長と一緒になって頑張って欲しい。
最後に、この言葉をあなたに送ります。
「人生の目標バー」
私たち人間は、
自分が目指したもの以上のところに到達することは
普通はありえない、と思う
例えば
「小さい頃から甲子園に行くことだけを夢見て努力を続けていたら、
気が付いたらいつの間にかプロ野球選手になっていた!」
そんなことは決してない、そう思うのだ
だからこそ、人生のあらゆる場面で、
どこに目標を置くのかが大事になってくる
向き不向きこそあれ、人間の能力の差なんて、そんなに大きなものではない
結局は、高い位置にバーを設定し、
それを越えようとする設計図を持っている者が勝つのである
(つづく)
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題:成長するには
欧米の英語圏では、「金持ちは、ますます金持ちになる」という言葉があります。お金を持てば持つほど、様々な活動を行う余裕が生まれ、結果として、ますますお金を稼ぐことができるようになる、ということを示しています。
日々の地道な努力と決意ある行動を積み重ねることは、更なる努力と行動を呼び起こします。その連鎖は更なる高みにまで自らを運んでくれます。
例えば、知り合いを多く作れば作るほど、知り合いが知り合いを呼び、ますます知り合いが増えることが知られています。また、書籍を読み、知識を蓄えれば、理解力が高まり、ますます新しい意識を吸収しやすくなるでしょう。
しかし、これは裏を返せば、何事も新しく始めた直後はそれについての知識などがなく、身につく速度が遅いことを意味します。このことが、もどかしさを生み、新しいことを始めてもすぐにやめてしまう要因になるのかもしれません。
新しいチャレンジを始めた時には、この言葉を思い出してみてはいかがでしょうか?諦めずに続けることで、視界が開けてくるはずです。
今日の心がけ
◆何事も辛抱強く続けましょう
------------------------------------------------------
後半の部分は、特に今年入社した人たちは、しかと心に留めていて欲しい。
特に解説は要らないでしょう。むしろ私が、手垢の付いたような言葉でこれを補足しようとすればするほどかえって逆効果になるかもしれませんので、少しだけにしておきます。
私が筋トレをするようになって、かれこれ7年が経ちます。これまでトレーニング中に吐きそうになったことはしばしば。終わって帰ってきたら、気持ち悪くて何にも食べられない、しばらく横になってた、なんてことも結構あります。当然辞めたいと思ったことは一度や二度ではありません。行く前に、まるで登校拒否、出社拒否の人間のような状態になったこともあります(自分は登校拒否や出社拒否に身体がなったことはありませんので、恐らくこんな感じかなぁ?と思ったということです)。
でも7年経った今、そのような状態を乗り越えられたのか、逆にモチベーションが沸いているというか、いよいよトレーニングが楽しく感じられる境地に達してきました。
何事も最初はしんどいものなのです。でもその状態は長くは続きません。上に書かれている通り、そのうち、視界がみるみる開けてくる機会(とき)が間違いなく来ます。こう話すとき、いつも脳裏に出てくる人がいます。この人です。それはなぜか?!読めば分かりますのでそのまま是非読んでみて下さい。素晴らしい内容です。
https://www.order-nobori.com/recruit/index.html#staff-nabeshima
だから1年や2年で諦めないで欲しい。見切らないで欲しい。私なんて7年かかったのですから。
そう言えば、うちの社員も7年目の人間が結構いますけれど、どんな気持ちなんでしょう?ぜひ同じチームのかわいい後輩に聞かせてあげてください。これまでの歩みを。
とにかく、続けることです。どんなことも続けること。
これに勝る「勝利への近道」「成功の法則」はない、そう断言できます。
というわけで今回は、その今年入ったばかりの新人さんが結構いますので、その方に向けてメッセージをお届けします。
■新入社員の皆さんへ~代表者からのメッセージ~
当社は、昭和36年9月に私の父が創業した会社で、今年の9月で満58歳(年)になりました。と言っても最初からずっと今と同じような仕事、同じようなものを作っていたわけではありません。どんな仕事をやっていて、そこからどうして今に至ったのか?!まずはそのあたりの経緯から、簡単ですがお話しますね。
私が大学を卒業後、2年間のサラリーマン生活を経て父の跡を継いだのは、1991年4月のこと。今から28年前、24歳の時でした。その時のハクロマークは何をしていたのかと言うと、大手家電メーカー(●●電機)の孫請けとして、家電製品の銘板(マーク)を抜いていました(だから社名にマークが入っています)。掃除機や洗濯機、扇風機、電子レンジやアイロン等に付いている、ONとかOFFとか、強弱とか、押すとか書いている操作銘板あるでしょ?あの部分。当時1個抜いて1円とか2円、それを何万個と抜いていました。1円とか2円と言っても馬鹿には出来ません。今と違って時代は高度経済成長期で大量生産してましたので、そんな単価でもよく儲かっていたんでしょうね。だってそんな儲かってなかったら、私達兄妹、大学まで行けてませんよ。兄なんて私学でおまけに東京で下宿ですから普通よりだいぶん金かかってますから。近所の人から、岸岡さんとこ、なんか抜いてるみたいやけど、お金でも抜きよってんちゃうやろか。そんな冗談も言われたりしていました(笑)。
でもその後、日本の製造業がこぞって海外に生産拠点を移す時代に入っていきます。親会社もまた中国へとスイッチ。仕事の中身自体も時代に合わなくなってきたことと併せて仕事は激減、私は止む無く1961年から約34年に渡って父親の代からやってきた金属プレス加工業を止める決断をします。1995年7月4日、私が事業を継いでから4年後のことでした。いま、事業などと少し恰好のいい表現をしましたが、当時の売上は年間で●●●●万円程度、今の一月分にも満たない金額でした。
その後私はどうしていたかというと、既存事業の合間に新規事業として細々とやり始めていた不動産の看板を主としたシルク印刷業に本格的に切り替えつつ、昼は外回り、夜は自身で印刷をやりながら7年を過ごすことになります。そしていよいよ2002年8月、初めてのインターネットショップ「オーダーのぼりドットコム」を開設するに至ります。これが今日の株式会社ハクロマーク製作所の始まり、第二創業です。この初のインターネットショップは嶋田の制作でした。
ページの都合上、「オーダーのぼりドットコム」開設までの7年間、何をしていたのか?!詳しくは書けませんが、当時は試行錯誤、暗中模索の連続でした。その間のエピソードを話せば紙面がいくらあっても足らないほどです。思い出すだけで胸がじ~んと来ることも一つや二つではありません。ただ、それを今話したからといってあまり意味はありません。なぜなら、私達は未来に生きているからです。これから先、私とあなたがたが協力し合って会社共々互いに成長していくことが一番大切なことだからです。変えられるのは過去ではなく、未来だけです。
お蔭様で今では6つのサイトを開設するまでに至り、1995年に●●●●万だった年商も2004年に●億、2006年●億、2012年に●億を超え、今期2016年度は●億●●●●万円でした。その間、2009年3月6日には法人成り(会社設立)もいたしました。私が家業を継いだ頃は、父の代から働いてくれていた定年前の職人3人だけだったのが、今現在はというと、電話窓口が5人、受注窓口が5人、デザイン部門6人、製造部門が9人、出荷部門4人、私を含め合計30名の会社にまでなりました。
でも当然ながらこれで満足するわけにはいきません。まだまだ道半ば。というのも、のぼりや旗、幕、のれん、看板はニッチ(隙間)な市場で小さいですが、トヨタやパナソニックなど大手がいませんから、まだまだ努力次第で伸びる、まだまだ、まだ見ぬお客様を獲得する余地が有る、そう思うからです。ホームページも今のこの6つで終わりではなく、ニーズを調査しつつまだまだ手つかずの市場や遅れたインターネット通販市場があれば作っていきたいと考えています。
とは言うものの足踏みしていることもまた事実です。そこで・・・
<中略>
かといって私は何も、規模の拡大のみを追及しているわけではありません。私の考えは基本的に選りすぐりの少数精鋭主義。チームワークを重視しているからこそ、互いにコミュニケーションがとれる適正サイズで、彼らが常に120%の力を発揮する。そのために私は設備、環境などの面でみんなの支援を出来る限りしていく。それが社長であり、みんなのサポーターとしての私の役目だと思っています。目指すは「We are small but bland.」(小さくてもキラリと光る会社)です。
規模や売上は「目的」ではありません。それらはあくまでも「手段」です。売上や利益を増やすことで、ちょっとやそっとの不景気が来ても揺るがない、内部留保をベースとした安定的財務基盤の構築、そして、いつでもどんな仕事が来ても一日前出荷が難なく出来る盤石な生産体制の確立を通して一人でも多くのお客様に喜んでいただく、これがハクロマークの経営目標です。
さて、ハクロマークの使命は、どの競合よりもお客様に密着し、お客様のニーズに合った思い通りのものを製作、必要とする納期内に確実にお届けすること、そしてその結果として当初のお客様の目的を叶えることです。それができさえすれば、お客様の心の中に「頼んで良かった」という満足感と「次も絶対頼もう」という信頼感ができあがり、またリピートしていただけます。ベースにあるのは、徹底してニーズに応えることによる「安心と信頼の提供」です。
この「使命」や「モットー」、「心得」徹底の為、この度新たに「クレドカード」を作り、毎朝の朝礼他、勉強会の開始時等様々な場面で唱和することにしました。言うまでもなく、従来からある「ハクロイズム」やポスターとして貼っている「仕事」や「成長」もハクロマークの基本的かつ重要な価値観です。これらがハクロマークの中心、軸になります。拠り所になります。判断基準になります。もちろん評価の基準であり、教育の基準でもあり、設備投資の基準です。端的に言えば、これらがハクロマークの目指す行動基準なのです。
これらを会社にいる時だけでも意識して実践していただければ、お客様だけでなく仲間からも安心と信頼を獲得することが出来ます。それがハクロマークの目指す境地であり、働く目的であり、手段であり、働く価値なのです。
もちろんその道のりは決して平坦ではありません。だからこそ、「努力を厭わない」がハクロマークの心得の中に入っています。職場こそ、自分を磨く学校であり、教室であり、修練の場であり、共に育っていこうとする共育の場なのです。その意味において失敗は何ら問題ではありません。未熟だから私たちは学んでいるのです。そもそも完璧な人間なんてこの世にいません。未経験者ならなおのこと、知らないことがあって当たり前なのです。失敗して当たり前なのです。そんなことよりも、積極性や何事にもチャレンジしていく姿勢の方が重要です。失敗やチャレンジを通じて人は大きくなっていくのです。むしろ失敗こそ成長の母です。逆に失敗がないということは、行動していない、チャレンジしていないとも言えるわけです。行動もチャレンジもしなければ失敗などするはずはないのですから。常に成長意欲を持ち、指示された以上の仕事をしようとミスを恐れず積極果敢に行動、努力、工夫の出来る人、これがわが社が求める人材像です。
今年入った新人の皆さんが一人の漏れもなく、そのような人材であると、私は心から信じます。
そういう努力を続けていると、入ったばかりの新人さんだってすぐに1人前になって、いつしかハクロマークになくてはならない一員となり、皆から信頼され、次に入ってくる後輩を助けカバーしている、そんな日が間違いなくやって来ます。そうでないと嘘です。だから・・・
ここからが大事です。
心が折れそうになるとき、しんどい時、つらい時、割に合わないと思うとき、時に愚痴をこぼす時もあるかもしれませんが、でも決して気持ちを切らさず、腐らず、あきらめないでいただきたい、辞めないで頂きたい、そう思います。このことを切に願ってやみません。
当社は、決して大きな会社ではありません。それどころか吹けば飛ぶほどの零細企業。あなた1人の責任は、100人の会社に比べて当然ながら大きくなります。でもそれは小さな会社に勤めることを決めた人間の宿命です。むしろ、そんなことは入るときからは分かっていた、覚悟して入社したはずです。あなたは
「自分の力が即、会社に反映されてやりがいがある」
「小さいほうが目標があっていい」「伸び代がある」「これからが楽しみ」
そう思って入社を決めたのではないのでしょうか?私はそう思っています。ここにいる人たち全員、そんな気持ちで入社したと。
今では、そんな一人一人の熱い気持ち、パッション、情熱が30も集まって、ハクロマークは小さい会社ながらも、キラリと光る存在感のある会社になりつつあると、私は自信を持って言えます。
そんな価値あるブランドへ更なる歩みを進めるためにも、あなたがたの全力をお貸しいただきたいのです。あなたがたの更なる頑張りが今のハクロマークには必要なのです。明るく元気な仲間たちと、そしてちょっと厳しい社長と一緒になって頑張って欲しい。
最後に、この言葉をあなたに送ります。
「人生の目標バー」
私たち人間は、
自分が目指したもの以上のところに到達することは
普通はありえない、と思う
例えば
「小さい頃から甲子園に行くことだけを夢見て努力を続けていたら、
気が付いたらいつの間にかプロ野球選手になっていた!」
そんなことは決してない、そう思うのだ
だからこそ、人生のあらゆる場面で、
どこに目標を置くのかが大事になってくる
向き不向きこそあれ、人間の能力の差なんて、そんなに大きなものではない
結局は、高い位置にバーを設定し、
それを越えようとする設計図を持っている者が勝つのである
(つづく)
「ターゲティング」という言葉を聞いたことがあるかと思います。販売活動(マーケティング)において、顧客を絞るという考え方です。
もちろん昔からある考え方ですが、現代は、より一層ニーズが多様化する中、ますますターゲティングが求められています。そうでないと売れないからです。
例えば20代の女性にモノを買って貰う場合、色々な20代がいるわけです。
女子大生もいれば、就職したばかりの女性もいます。キャリアバリバリのOLもいれば、子育て真っ最中の専業主婦もいるし、DINKSの女性もいます。
これを十把一絡げにして20代の女性の皆さん!と言って販売活動を行っても売れないわけです。それぞれにニーズが違うからです。それが体感できるのが書店やコンビニの雑誌コーナーです。なぜあんなにたくさんの種類の女性誌が並んでいるのでしょうか?それぞれにターゲットしている客層があるということです。もちろん洋服もそうです。ブランドの数はイコール、ターゲットとする客層の数です。
ターゲティングが必要なのは、なにも販売活動だけではありません。
採用マーケティングという言葉があるように、採用活動においてもターゲットを絞らないとダメだと言われています。考えてみれば当たり前で、自社に合わない人を採ってしまったらお互いに不幸ですから、こんな人が欲しい、こんな人だったら続きそう、自社に相応しいと、当たりを付けて活動するのは当然と言えば当然です。
そう考えたとき、ではハクロマークがターゲティングすべき人とはどんな人なのか?!
上げれば切り無くありますが、これまでずっと見てきたとおり、その内の一つが、
努力が出来る人
です。今更改めて言わなくても、ここまでの11回でお分かりのはずです。
ただ言うまでもありませんが、勤務時間内の働きは努力とは言いませんので念のため。そんなことはある意味当たり前だからです。
就業時間外にどれだけ頑張れているか?!
それを私はみんなに問うています。
この間、デザインチームの勉強会で講師役があたった新人のW君が、勉強会用に作った資料を見る機会がありました。どのくらい時間がかかったのかは聞いてはいませんが、どうやら就業時間外に頑張って作ったよう。だからデザイン仲間からも、
------------------------------------------------------
新人のWさんなら仕事に忙殺されて準備不足でも仕方ないのに、資料として自身できちんとデザインを就業時間外に行い・・・
なによりも「デザイナーとして生きていきたい」という気持ちが感じられる素晴らしい授業でした。
私も良質なデザインが安定供給できるように頑張ろうと思いました。
------------------------------------------------------
こんな素敵なコメントが寄せられていました。W君、素晴らしいですね。
ハクロマークでは、月一回、月初に行う1on1ミーティングで先月の努力を振り返る
「その重要業務を実施為るために必要な知識技術資格の習得」を尋ねています。
その際、これだけのことをやりました!と目に見えるものを提出してくれる人は正直、2,000文字以上の読後感想文を出してくれる人、1人だけで、あとの人は何をしたか口頭で聞いているだけなので、話半分くらいの感覚で私は聞いています。確かな証拠を見ることが出来ないのですから仕方ありません。
9月度の1on1で、勉強をやっていると言うので、どんなことをどれだけやっているのか見せて欲しいと、ある人とやり取りしていると、自分のためにやっているので人に言う程のことではありません、的な発言がその人からありました。
それを聞いて私は、それではなかなか続かないなぁ~と正直思いました。自分のためにやることほど、続かないものはないからです。
考えてもみてください。
あなたは自分との約束をどれだけ守れていますか?
人は、自分との約束が一番簡単に破れるんですよ。だってそうでしょ?明日から○○しよう!例えば早起きにしてもダイエットにしても禁煙にしても勉強にしても、3日坊主の経験は誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。それって自分との約束を破ったことですよね?そんな繰り返しではなかったですか?あなたの人生。私はそうでしたよ。自分で、自分が決めた決意を簡単に反故にしてきました。
それに引き換えると、逆に他人との約束は守るでしょう。
先に紹介したW君も、勉強会の講師として、みんなに迷惑はかけられない、みんなの役に立ちたい、恥をかきたくない等、どんな理由かは分かりませんが、自分以外の人の為だから頑張れたのではないでしょうか?
1992年バルセロナオリンピックで選手団主将を務めるも、バルセロナ入り後の練習で吉田秀彦との乱取り中に左膝を負傷。しかし、ひざの痛みに加え運動できないことにより減量も思うようにならない困難を乗り越え、痛み止めを打ちながら金メダルを獲得した平成の三四郎こと古賀稔彦を皆さんご存じでしょうか?
氏は、その前回のオリンピックすなわち1988年ソウル五輪でもっとも金メダルに近い男と紹介されていたにもかかわらず、3回戦で敗退、国民の期待に応えることが出来ませんでした。
これは、古賀氏の講演会で直に聞いた話ですが、ソウルオリンピック後、帰国してテレビを見ていたら、自分が負けた試合会場で両親が回りの関係者やお客様に頭を下げている姿が画面いっぱいに写ったそうです。それを見た瞬間、こんなことをもう二度と親にさせたくないって涙ながらに誓ったそうです。それがバルセロナオリンピックでの金につながるわけです。
人は、あれだけの血の滲むような努力を、自分の富や名声のためだけには出来ないのです。ベスト8に1位進出し、今や国民的ヒーローのラグビー、桜の戦士たちは、自分のためにあれだけの過酷な練習が出来たと思いますか?
これもよく出されるエピソードですが、ここに教会(大聖堂)を建てるために働いている3人のレンガ職人がいます。
この3人それぞれに、
「あなたはなぜそんな一生懸命に働いているのですか?」と尋ねたら・・・
一人目は、
「親方の命令で“レンガ”を積んでいるんだよ。暑くて大変だからもういい加減こりごりだよ」と答えました。
二人目は、
「この仕事は大変だけど、お金がいいからやっているのさ」
三人目は
「後世に残る“大聖堂”を造っているんだ。ここで多くの人が祝福を受け悲しみを払うんだ!こんな素晴らしいことはないだろう!」。
人は、自分のために頑張れるのではありません。もし自分自身のために頑張っているとしたら・・・決して長続きはしないでしょう。
W君や平成の三四郎、桜の戦士、3人目のレンガ職人のように、自分以外の誰かのために、自分以外の誰かの笑顔のために、人は頑張れるのです。
さてあなたは、お客様に喜んでいただくために、自分をもっともっと磨いていかないといけない!、そんな意識を持っていますか?
(つづく)
もちろん昔からある考え方ですが、現代は、より一層ニーズが多様化する中、ますますターゲティングが求められています。そうでないと売れないからです。
例えば20代の女性にモノを買って貰う場合、色々な20代がいるわけです。
女子大生もいれば、就職したばかりの女性もいます。キャリアバリバリのOLもいれば、子育て真っ最中の専業主婦もいるし、DINKSの女性もいます。
これを十把一絡げにして20代の女性の皆さん!と言って販売活動を行っても売れないわけです。それぞれにニーズが違うからです。それが体感できるのが書店やコンビニの雑誌コーナーです。なぜあんなにたくさんの種類の女性誌が並んでいるのでしょうか?それぞれにターゲットしている客層があるということです。もちろん洋服もそうです。ブランドの数はイコール、ターゲットとする客層の数です。
ターゲティングが必要なのは、なにも販売活動だけではありません。
採用マーケティングという言葉があるように、採用活動においてもターゲットを絞らないとダメだと言われています。考えてみれば当たり前で、自社に合わない人を採ってしまったらお互いに不幸ですから、こんな人が欲しい、こんな人だったら続きそう、自社に相応しいと、当たりを付けて活動するのは当然と言えば当然です。
そう考えたとき、ではハクロマークがターゲティングすべき人とはどんな人なのか?!
上げれば切り無くありますが、これまでずっと見てきたとおり、その内の一つが、
努力が出来る人
です。今更改めて言わなくても、ここまでの11回でお分かりのはずです。
ただ言うまでもありませんが、勤務時間内の働きは努力とは言いませんので念のため。そんなことはある意味当たり前だからです。
就業時間外にどれだけ頑張れているか?!
それを私はみんなに問うています。
この間、デザインチームの勉強会で講師役があたった新人のW君が、勉強会用に作った資料を見る機会がありました。どのくらい時間がかかったのかは聞いてはいませんが、どうやら就業時間外に頑張って作ったよう。だからデザイン仲間からも、
------------------------------------------------------
新人のWさんなら仕事に忙殺されて準備不足でも仕方ないのに、資料として自身できちんとデザインを就業時間外に行い・・・
なによりも「デザイナーとして生きていきたい」という気持ちが感じられる素晴らしい授業でした。
私も良質なデザインが安定供給できるように頑張ろうと思いました。
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こんな素敵なコメントが寄せられていました。W君、素晴らしいですね。
ハクロマークでは、月一回、月初に行う1on1ミーティングで先月の努力を振り返る
「その重要業務を実施為るために必要な知識技術資格の習得」を尋ねています。
その際、これだけのことをやりました!と目に見えるものを提出してくれる人は正直、2,000文字以上の読後感想文を出してくれる人、1人だけで、あとの人は何をしたか口頭で聞いているだけなので、話半分くらいの感覚で私は聞いています。確かな証拠を見ることが出来ないのですから仕方ありません。
9月度の1on1で、勉強をやっていると言うので、どんなことをどれだけやっているのか見せて欲しいと、ある人とやり取りしていると、自分のためにやっているので人に言う程のことではありません、的な発言がその人からありました。
それを聞いて私は、それではなかなか続かないなぁ~と正直思いました。自分のためにやることほど、続かないものはないからです。
考えてもみてください。
あなたは自分との約束をどれだけ守れていますか?
人は、自分との約束が一番簡単に破れるんですよ。だってそうでしょ?明日から○○しよう!例えば早起きにしてもダイエットにしても禁煙にしても勉強にしても、3日坊主の経験は誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。それって自分との約束を破ったことですよね?そんな繰り返しではなかったですか?あなたの人生。私はそうでしたよ。自分で、自分が決めた決意を簡単に反故にしてきました。
それに引き換えると、逆に他人との約束は守るでしょう。
先に紹介したW君も、勉強会の講師として、みんなに迷惑はかけられない、みんなの役に立ちたい、恥をかきたくない等、どんな理由かは分かりませんが、自分以外の人の為だから頑張れたのではないでしょうか?
1992年バルセロナオリンピックで選手団主将を務めるも、バルセロナ入り後の練習で吉田秀彦との乱取り中に左膝を負傷。しかし、ひざの痛みに加え運動できないことにより減量も思うようにならない困難を乗り越え、痛み止めを打ちながら金メダルを獲得した平成の三四郎こと古賀稔彦を皆さんご存じでしょうか?
氏は、その前回のオリンピックすなわち1988年ソウル五輪でもっとも金メダルに近い男と紹介されていたにもかかわらず、3回戦で敗退、国民の期待に応えることが出来ませんでした。
これは、古賀氏の講演会で直に聞いた話ですが、ソウルオリンピック後、帰国してテレビを見ていたら、自分が負けた試合会場で両親が回りの関係者やお客様に頭を下げている姿が画面いっぱいに写ったそうです。それを見た瞬間、こんなことをもう二度と親にさせたくないって涙ながらに誓ったそうです。それがバルセロナオリンピックでの金につながるわけです。
人は、あれだけの血の滲むような努力を、自分の富や名声のためだけには出来ないのです。ベスト8に1位進出し、今や国民的ヒーローのラグビー、桜の戦士たちは、自分のためにあれだけの過酷な練習が出来たと思いますか?
これもよく出されるエピソードですが、ここに教会(大聖堂)を建てるために働いている3人のレンガ職人がいます。
この3人それぞれに、
「あなたはなぜそんな一生懸命に働いているのですか?」と尋ねたら・・・
一人目は、
「親方の命令で“レンガ”を積んでいるんだよ。暑くて大変だからもういい加減こりごりだよ」と答えました。
二人目は、
「この仕事は大変だけど、お金がいいからやっているのさ」
三人目は
「後世に残る“大聖堂”を造っているんだ。ここで多くの人が祝福を受け悲しみを払うんだ!こんな素晴らしいことはないだろう!」。
人は、自分のために頑張れるのではありません。もし自分自身のために頑張っているとしたら・・・決して長続きはしないでしょう。
W君や平成の三四郎、桜の戦士、3人目のレンガ職人のように、自分以外の誰かのために、自分以外の誰かの笑顔のために、人は頑張れるのです。
さてあなたは、お客様に喜んでいただくために、自分をもっともっと磨いていかないといけない!、そんな意識を持っていますか?
(つづく)
ここまで、
新入社員よ、大きな目標を持て!
https://ameblo.jp/hakuromark/entry-12498015762.html
から始まって、前回の
問題は能力のなさではなく、執念の欠如!
https://ameblo.jp/hakuromark/entry-12532493030.html
まで10回に渡って、
「努力」
について書い綴ってきました。シンプルに、努力とは、
目標とする対象のために、多くの時間を使うこと
とでも言えば分かり易いでしょうか?もちろんそれには犠牲が伴います。好きなことや楽しいこと、遊びや娯楽を我慢しなければならないということです。
一番分かり易い例が試験や受験ですね。受験のときは誰もが、見たいテレビも我慢して勉強に明け暮れたと思います。あれが「努力」というものです。
前回のブログの最後に、ラグビーのSO(スタンドオフ)田村選手がアイルランド戦後の勝利インタビューで語った、ジョセフコーチから貰ったメッセージを紹介しました。
だれも勝つと思っていない
だれも接戦になるとも思ってない
だれも僕らがどれだけ犠牲にしたか分からない
そしてサモア戦後の勝利インタビューでもこう語りました。
次の8強がかかるスコットランド戦が僕らの決勝戦になる。
僕たちがどうやって4年を過ごしてきたか、どういうラグビーを目指してやってきたか、しっかり国民の皆さんに見せて全部出し切りたい
この短いフレーズだけで、選手がどれだけあらゆる事を犠牲にして戦ってきたかが痛いほど分かって、私は読む度に泣きそうになります。
自国開催で地の利があるとは言え、この日本チームの自力は本物で、本当に強い!それは、まさに死に物狂いで練習してきたからです。私もトレーニング風景をTVで少しだけ見たことがありますが、この世のものとは思えませんでした。まさに地獄絵というか奴隷のような世界。首や頭に鉄の塊みたいなものをぶら下げて、腕立て伏せみたいな事をやっていました(首を鍛えてるんです。奴隷ではありませんよ)。自分が全くトレーニングとかしてなければ、そんな光景を見てもふ~んって感じだと思いますが、なまじ筋トレの辛さを知っているだけに驚いたというか、その過酷さが分かりました。
あの地獄のようなトレーニングがあって、今のこの3連勝があり、史上初のベスト8を狙えるポジションにいるわけです。その背景を知って試合を見ると、また涙が出てきますね。
さて、この10回のなかで、言わばメインの教材として引用させていただいてきた、小さな会社儲けのルール(竹田陽一・栢野克己共著 フォレスト出版刊)もいよいよ最後のページになりました。最後はこんな項で締めくくられています。

------------------------------------------------------
282P:上手な時間の使い方
凡人は、長時間労働しないと、何事も成し遂げることはできません。では、どのように時間を使えばいいのでしょうか?ポイントは、狭い分野に集中して投入し、研究することです。どの分野に投入するかは35歳くらいまでに見つければいい。そのためには転職もどんどんすればいい。
1つの分野に入門クラスで500時間。たとえば簿記会計があまり好きでない人は夜学に行って、その後、本や参考書で500時間くらい勉強すれば、ある程度わかるようになります。
知識というのは投入時間で決ります。1000人のなかで上から5位以内になるには累計5000時間は必要です。投入時間もケタ違いになります。
日本全国レベルで上位にいくには、つまり、ある仕事(一万人単位と考えて)で3位以内になるには、一つのことに1万時間はかける必要があります。日曜祭日を使って1日に7時間投入したとしますね。1万時間を7で割って下さい。何日かかるか。20年かかります。
一つの狭い分野で、1000人から1万人の中でもトップクラスになるには、日曜祭日も7割くらいを投入していって15年から20年かかります。
普通の人が、人にできないものを身につけるには1万時間は必要でしょう。もって生まれた素質の高い天才ならいいですが、そうでなければ日曜も半分以上ぶち込んで10年ではちょっと難しいですね。その程度では他流試合をやったらこてんぱんですね。実際に1人でやってみたらわかります。サラリーマンとして会社にいるときは集団の力だからわかりにくい。それくらい現実は厳しいものです。
長時間労働なんてイヤだと感じたかもしれませんが、自分は凡人でも、なにかで自己実現したい、独立して成功したいという人はね、この時間戦略が非常に大事です。
食べるためだけの長時間労働は悲しくて貧しい気持ちになりますが、自分の才能と人間性を磨くために時間を使うのであれば、決して貧しい心にはならないと思います。
------------------------------------------------------
2002年6月、これから私はどうしていけばいいのか、暗中模索、試行錯誤の毎日だった35歳のときに、この本、この文章に出会い、以降それが私の人生の指針になりました。私の価値観の礎となりました。そしてその価値観は今、株式会社ハクロマーク製作所の行動指針「ハクロイズム」の中で「y=ax2+b」として具現化されています。
おかげでこの20年足らずの間に
・経営の全体像
・戦略と戦術の違い
・弱者の戦略と強者の戦略の違い
・顧客戦略(誰に売るのか)
・商品戦略(何を売るのか)
・営業戦略(どのように見込み客を見つけ、どのように商品説明をして、どうやって売るのか)
・顧客維持戦略(どうやってリピートしてもらうのか)
・組織戦略(誰に何をさせるか)
・財務戦略と経費戦略(限りある資金と経費をどう配分するか)
・時間戦略(限りある時間をどう使うか)
・願望と熱意、向上心
これらを学ぶことができました。現時点で、もし例えば、紙以外の印刷業社長全国模試があれば、恐らく●番くらいではないだろうかと、勝手に思っています(笑)。
そう言えば・・・ふと思い出しました。今月の4日(金)の職場の教養が
「努力の先に」
だったことを。
------------------------------------------------------
「努力精進」という言葉があります。
「努力」という言葉は、辞書に「目標実現のため、心身を労してつとめること」、「精進」とは「一所懸命に努力すること」と記されています。
人は、たゆまぬ努力と精進を重ね、知恵や知識、経験などを蓄積してきました。今日の文明は、個々の努力というベースがあり、多くの人の力によって、人類文明が繁栄してきたといえます。
倫理研究所の創設者である丸山敏雄は自著『万人幸福の栞』の中で、「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」と記し、文末に「努力がすべてである。やれば出来る」という言葉で締めくくっています。
多くの人は「こうなりたい、何かを成し遂げたい」という願望を持っていても、なかなか行動に移せないものです。
本当にそうしたいのであれば、その目標に向かって、迷うことなく、たゆまず努力を続ければよいだけです。「やれば、出来る」を合言葉にしてみませんか。
今日の心がけ◆諦めずに努力を続けましよう
------------------------------------------------------
文中の『万人幸福の栞』という本の中に出てくる「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」が、何か詳しく知りたい!と思った人もいると思うので(そんな人は残念ながらいないかっ)それを紹介して今号は終わります。
------------------------------------------------------
第三条:運命は自らまねき、境遇は自ら造る(運命自招うんめいじしょう)
人の一生は、運命というどうすることもできない力で、きまった道筋を引きずられて行くものである、というように信じているものがある。
そして生まれた年月日、又時間がわかれば、その人の一生はすっかりわかるなどと言う者さえある。「運は天にあり」とか「果報は寝てまて」とか言うのは、そうした考えからであろう。
しかし、いやしくも人の関係する仕事で、すてておいて、手をこまぬいて、わきから見ていて出来る仕事がどこにあるだろうか、自然現象は定まった法則に従って、一糸乱れず運んでいる。天候に大部分の運命がかかったように見える農業や漁業でさえ、ほうっておいては田畑は草野となり魚群はにげてしまう。まして生産も交通も、教育も宗教も、何一つすてておいてできることはない。
毅然と立って行えば運は開ける。
「運は勇者を寵愛す」(ヴァージル)
ぐずぐずしておれば、その機会は去って二度とかえってこない。
「機会は前頭だけに髪の毛があり、後ろ頭ははげている。もしこれに出会ったら前髪を捕えよ。一度にがしたら、神様でもこれを捕えることは出来ぬ」(ラブレー)
目の前に来たあらゆる機会をとらえて、断乎として善処する人、一度こうと目的を定めたら、終始一貫やってやってやりぬく人、これが世に言う成功者である。
「天は自ら助くる者を助く。」
ぐずぐずして、いくらその時があっても手を出さぬ。何か困ることがあると、ぐったりしてすぐ止める。これが世の弱者であり、敗残者である。塙保己一が、日々「般若心経」を読んで心をむちうち、大『群書類従』を編さんしたその努力、ヘレン・ケラー女史の師のサリバンが、いかにそのチャンスを捕えて教育して、この三重苦の大天才を生み出したか。これを思うと、盲目という一見不遇のさだめは、一転して大きい幸運と輝きわたった。
「各人の運命は各人の手中にあり」(シドニー・スミス)
従って境遇も、あらかじめ、そうしたさだめがきまっていて、その中に入っていくのではない。その人の心の通りに、境遇の方が変るのである。現に憂うつ症の人が集まって、しめっぽい話をしている。座はいよいよ打ち沈む。ここに世に心配をしらぬ青年が、呵々と大笑して入ってくる。一座は急に停電後点燈したように明るくなる。
よわり目にたたり目、泣き面に蜂、心が打ちしめれば、その環境は、梅雨時のように打ちしめり、かつ然として心が打ち開ければ、天地一碧、ようようたる大宇宙が打ち開ける。
運命を切り開くは己である。境遇をつくるも亦自分である。己が一切である。努力がすべてである。
やれば出来る。
(つづく)
新入社員よ、大きな目標を持て!
https://ameblo.jp/hakuromark/entry-12498015762.html
から始まって、前回の
問題は能力のなさではなく、執念の欠如!
https://ameblo.jp/hakuromark/entry-12532493030.html
まで10回に渡って、
「努力」
について書い綴ってきました。シンプルに、努力とは、
目標とする対象のために、多くの時間を使うこと
とでも言えば分かり易いでしょうか?もちろんそれには犠牲が伴います。好きなことや楽しいこと、遊びや娯楽を我慢しなければならないということです。
一番分かり易い例が試験や受験ですね。受験のときは誰もが、見たいテレビも我慢して勉強に明け暮れたと思います。あれが「努力」というものです。
前回のブログの最後に、ラグビーのSO(スタンドオフ)田村選手がアイルランド戦後の勝利インタビューで語った、ジョセフコーチから貰ったメッセージを紹介しました。
だれも勝つと思っていない
だれも接戦になるとも思ってない
だれも僕らがどれだけ犠牲にしたか分からない
そしてサモア戦後の勝利インタビューでもこう語りました。
次の8強がかかるスコットランド戦が僕らの決勝戦になる。
僕たちがどうやって4年を過ごしてきたか、どういうラグビーを目指してやってきたか、しっかり国民の皆さんに見せて全部出し切りたい
この短いフレーズだけで、選手がどれだけあらゆる事を犠牲にして戦ってきたかが痛いほど分かって、私は読む度に泣きそうになります。
自国開催で地の利があるとは言え、この日本チームの自力は本物で、本当に強い!それは、まさに死に物狂いで練習してきたからです。私もトレーニング風景をTVで少しだけ見たことがありますが、この世のものとは思えませんでした。まさに地獄絵というか奴隷のような世界。首や頭に鉄の塊みたいなものをぶら下げて、腕立て伏せみたいな事をやっていました(首を鍛えてるんです。奴隷ではありませんよ)。自分が全くトレーニングとかしてなければ、そんな光景を見てもふ~んって感じだと思いますが、なまじ筋トレの辛さを知っているだけに驚いたというか、その過酷さが分かりました。
あの地獄のようなトレーニングがあって、今のこの3連勝があり、史上初のベスト8を狙えるポジションにいるわけです。その背景を知って試合を見ると、また涙が出てきますね。
さて、この10回のなかで、言わばメインの教材として引用させていただいてきた、小さな会社儲けのルール(竹田陽一・栢野克己共著 フォレスト出版刊)もいよいよ最後のページになりました。最後はこんな項で締めくくられています。

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282P:上手な時間の使い方
凡人は、長時間労働しないと、何事も成し遂げることはできません。では、どのように時間を使えばいいのでしょうか?ポイントは、狭い分野に集中して投入し、研究することです。どの分野に投入するかは35歳くらいまでに見つければいい。そのためには転職もどんどんすればいい。
1つの分野に入門クラスで500時間。たとえば簿記会計があまり好きでない人は夜学に行って、その後、本や参考書で500時間くらい勉強すれば、ある程度わかるようになります。
知識というのは投入時間で決ります。1000人のなかで上から5位以内になるには累計5000時間は必要です。投入時間もケタ違いになります。
日本全国レベルで上位にいくには、つまり、ある仕事(一万人単位と考えて)で3位以内になるには、一つのことに1万時間はかける必要があります。日曜祭日を使って1日に7時間投入したとしますね。1万時間を7で割って下さい。何日かかるか。20年かかります。
一つの狭い分野で、1000人から1万人の中でもトップクラスになるには、日曜祭日も7割くらいを投入していって15年から20年かかります。
普通の人が、人にできないものを身につけるには1万時間は必要でしょう。もって生まれた素質の高い天才ならいいですが、そうでなければ日曜も半分以上ぶち込んで10年ではちょっと難しいですね。その程度では他流試合をやったらこてんぱんですね。実際に1人でやってみたらわかります。サラリーマンとして会社にいるときは集団の力だからわかりにくい。それくらい現実は厳しいものです。
長時間労働なんてイヤだと感じたかもしれませんが、自分は凡人でも、なにかで自己実現したい、独立して成功したいという人はね、この時間戦略が非常に大事です。
食べるためだけの長時間労働は悲しくて貧しい気持ちになりますが、自分の才能と人間性を磨くために時間を使うのであれば、決して貧しい心にはならないと思います。
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2002年6月、これから私はどうしていけばいいのか、暗中模索、試行錯誤の毎日だった35歳のときに、この本、この文章に出会い、以降それが私の人生の指針になりました。私の価値観の礎となりました。そしてその価値観は今、株式会社ハクロマーク製作所の行動指針「ハクロイズム」の中で「y=ax2+b」として具現化されています。
おかげでこの20年足らずの間に
・経営の全体像
・戦略と戦術の違い
・弱者の戦略と強者の戦略の違い
・顧客戦略(誰に売るのか)
・商品戦略(何を売るのか)
・営業戦略(どのように見込み客を見つけ、どのように商品説明をして、どうやって売るのか)
・顧客維持戦略(どうやってリピートしてもらうのか)
・組織戦略(誰に何をさせるか)
・財務戦略と経費戦略(限りある資金と経費をどう配分するか)
・時間戦略(限りある時間をどう使うか)
・願望と熱意、向上心
これらを学ぶことができました。現時点で、もし例えば、紙以外の印刷業社長全国模試があれば、恐らく●番くらいではないだろうかと、勝手に思っています(笑)。
そう言えば・・・ふと思い出しました。今月の4日(金)の職場の教養が
「努力の先に」
だったことを。
------------------------------------------------------
「努力精進」という言葉があります。
「努力」という言葉は、辞書に「目標実現のため、心身を労してつとめること」、「精進」とは「一所懸命に努力すること」と記されています。
人は、たゆまぬ努力と精進を重ね、知恵や知識、経験などを蓄積してきました。今日の文明は、個々の努力というベースがあり、多くの人の力によって、人類文明が繁栄してきたといえます。
倫理研究所の創設者である丸山敏雄は自著『万人幸福の栞』の中で、「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」と記し、文末に「努力がすべてである。やれば出来る」という言葉で締めくくっています。
多くの人は「こうなりたい、何かを成し遂げたい」という願望を持っていても、なかなか行動に移せないものです。
本当にそうしたいのであれば、その目標に向かって、迷うことなく、たゆまず努力を続ければよいだけです。「やれば、出来る」を合言葉にしてみませんか。
今日の心がけ◆諦めずに努力を続けましよう
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文中の『万人幸福の栞』という本の中に出てくる「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」が、何か詳しく知りたい!と思った人もいると思うので(そんな人は残念ながらいないかっ)それを紹介して今号は終わります。
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第三条:運命は自らまねき、境遇は自ら造る(運命自招うんめいじしょう)
人の一生は、運命というどうすることもできない力で、きまった道筋を引きずられて行くものである、というように信じているものがある。
そして生まれた年月日、又時間がわかれば、その人の一生はすっかりわかるなどと言う者さえある。「運は天にあり」とか「果報は寝てまて」とか言うのは、そうした考えからであろう。
しかし、いやしくも人の関係する仕事で、すてておいて、手をこまぬいて、わきから見ていて出来る仕事がどこにあるだろうか、自然現象は定まった法則に従って、一糸乱れず運んでいる。天候に大部分の運命がかかったように見える農業や漁業でさえ、ほうっておいては田畑は草野となり魚群はにげてしまう。まして生産も交通も、教育も宗教も、何一つすてておいてできることはない。
毅然と立って行えば運は開ける。
「運は勇者を寵愛す」(ヴァージル)
ぐずぐずしておれば、その機会は去って二度とかえってこない。
「機会は前頭だけに髪の毛があり、後ろ頭ははげている。もしこれに出会ったら前髪を捕えよ。一度にがしたら、神様でもこれを捕えることは出来ぬ」(ラブレー)
目の前に来たあらゆる機会をとらえて、断乎として善処する人、一度こうと目的を定めたら、終始一貫やってやってやりぬく人、これが世に言う成功者である。
「天は自ら助くる者を助く。」
ぐずぐずして、いくらその時があっても手を出さぬ。何か困ることがあると、ぐったりしてすぐ止める。これが世の弱者であり、敗残者である。塙保己一が、日々「般若心経」を読んで心をむちうち、大『群書類従』を編さんしたその努力、ヘレン・ケラー女史の師のサリバンが、いかにそのチャンスを捕えて教育して、この三重苦の大天才を生み出したか。これを思うと、盲目という一見不遇のさだめは、一転して大きい幸運と輝きわたった。
「各人の運命は各人の手中にあり」(シドニー・スミス)
従って境遇も、あらかじめ、そうしたさだめがきまっていて、その中に入っていくのではない。その人の心の通りに、境遇の方が変るのである。現に憂うつ症の人が集まって、しめっぽい話をしている。座はいよいよ打ち沈む。ここに世に心配をしらぬ青年が、呵々と大笑して入ってくる。一座は急に停電後点燈したように明るくなる。
よわり目にたたり目、泣き面に蜂、心が打ちしめれば、その環境は、梅雨時のように打ちしめり、かつ然として心が打ち開ければ、天地一碧、ようようたる大宇宙が打ち開ける。
運命を切り開くは己である。境遇をつくるも亦自分である。己が一切である。努力がすべてである。
やれば出来る。
(つづく)