さて、私もこの仕事を始めて大分経ちました。
職場でも若い人の方が増え、下手すると主任クラスも年下だったりします。
最初に就職した後は、結婚を機にパートになったり、また病棟に戻ったりとしています。
なんだかんだで、患者さんとじっくり付き合うことができる「病棟業務」が好きなんですね。
ところで、看護師になったからには看護学生の時代があったわけです





学生の頃に担当した患者さんのことって、ウン十年経った今でも鮮明に覚えているものです。
ソレもそのはずで、3週間もその患者さん一人を担当するから、嫌でも覚えるし情も湧きます。
学生は寝ても覚めても、三週間その患者さんのことばかり考えているんです(笑)
先日、ちょっとしたきっかけである患者さんを思い出しました。
本来なら守秘義務やら個人情報の保護があり、患者さんのことは他言無用です。
しかし、もう20年以上前に他界された方です。
既に時効?
何故だかその患者さんと話したことや周りの景色、全てを鮮明に覚えています。
あれは確か、二年生の最後の実習でした。
学生は、実習の前の週に自分が受け持つ患者名と疾患名を伝えられます。
要は、実習前に勉強してこいと(笑)
実習病棟は、外科でした。
私が担当するのは、Tさん。59歳の男性。
膵臓癌でした。
実はTさんには先週まで学生が付いていました。
三年生の同じ寮にいる先輩です。
ここは寮生の強みで、先輩から情報を得たりテストの過去問題を貰えたりします( ̄∇ ̄)
先輩曰く
「見た目は怖いけど、気さくで話好きないい患者さん」だとか。
当日、安心して病棟に行き挨拶しに病室を訪ねてみました。
Tさんには、6人部屋の窓側にいました。
Tさんにを見た瞬間
あ、達磨大師だ
と思いました
ご存知、ダルマさんのモデル。
インドの偉いお坊さんですね。
Tさんにはスキンヘッドに太い眉毛,眼光鋭く見た目は噂通りの怖い人でした。
しかも、ベッドの上であぐらをかいている。
ホントに似ていました(笑)
そして、何より
黄色い







閉塞生黄疸でした。
Tさんには膵臓癌の終末期(ターミナル)でした。
癌は膵臓から胆管,胆嚢,腹膜にも転移しており、腰椎にも骨転移していました。
手術もできず、疼痛コントロールしていくしかないのです。
もちろん、本人もご存知です。
まずは、学生実習のキモであるコミュニケーションをとるべく、挨拶を交わしました。
同じ部屋には同期の子がいて、各々自分の患者さんと談笑し始めました。
しかし、Tさんには癌性疼痛のためホントに辛そう。腰椎に転移した癌のため、お話をするどころではありませんでした。後で解ったのですが、この時期はちょうどモルヒネを始めたばかりで、まだまだ痛みのコントロールが上手く出来ていない状態でした。
私は、ただベッドサイドにいることしか出来ませんでした。
暫くすると、Tさんが辛そうに言いました。
「ごめん、学生さん。ちょっと無理だわ。
あっちに行っててくれないかな。」
一瞬、大部屋の空気が凍りつきました。
初めて、患者さんに拒否られました。
私にはどうすることも出来ないので、とりあえず退室しました。
この事は、すぐに同期から指導者(病棟主任)や教官に伝わりました。
担当患者さんを変えるという選択肢もあったようですが、結局もう少し様子を見ることになりました。
寮に帰って先輩に相談すると、先輩も戸惑っていました。
先輩は、
「多分骨転移した所が痛くて、身の置き所がないんだよね。あと、お腹見た?腹水が溜まってきてるんだよ。あれもかなり苦しいから、とにかくTさんが楽になる体位を工夫してね。」とアドバイスしてくれました。
とにかく、モルヒネの効果が出てTさんの苦痛が軽減されるように願いました。
翌日、Tさんの元を訪れました。
どうやらモルヒネの効果で痛みが遠のいているようでした。
改めて挨拶と、雑談を交わしてコミュニケーションを取りました。
先輩が言っていた通り、Tさんには気さくでお話上手な優しい方でした。
昨日のことに対し謝り、
「学生さん、すごく悲しそうな顔してたから、ずっと後悔してたんだ。」と仰いました。
私は、すごく反省しました。
私、思ったことがすぐに顔に出るタイプなんですね。人様から曰く。
こんなに辛い思いをしている患者さんに、余計な気苦労をかけてしまいました。あの場は、笑顔(とまではいかなくても)もっとポーカーフェイスで退場すべきでした。ホント、失格です。
その後もTさんは調子のいい日と悪い日と繰り返し、その都度痛み止めが検討されました。
痛み止めが効き過ぎてもダメだし、効かなければ痛いし、調整が困難でした。
次第にコントロールがよくなり、Tさんの笑顔と会話が増えていきました。
続く









