七分丈の気分 | 忘れちゃうひととき

忘れちゃうひととき

青臭い駄目人間の、イカ臭い日常を、小便臭い文章で、つらつらつらと書き綴っていく予定です。それ以上でもそれ以下でもそれだけでもありません。

一日家から出てなかったし、一昨日ユニクロで買った七分丈UネックTシャツをちょっと着てみたかったし、本読みたいし、コーヒー飲みたいし、と色々と自分の中で建前と前置きと屁理屈を掲揚してから、それらを旗みたいにパタパタとなびかせて、深夜の馬事公苑TSUTAYAへと自転車を走らせた。
どうやら改装が終わったらしくて、売り場のレイアウトが変わっている。
ただコーヒーを飲んでも仕方がないので、「折角だから…」などと呟きながら、ぼんやりと各フロアを歩き回った。
1階の雑誌売り場で、某音楽雑誌のピロウズのインタビューを読んでいると、腕時計が「もうすぐ2時だよ」と僕に教えてくれた。
ありがとう、腕時計くん。
このまま徒に立ち読みをして閉店時間を迎えてしまうところだったよ。

スタバでソイラテを買う。ホットである。
だって、最近いよいよ寒くなってきたじゃんか。オープンテラスで本読みながら冷たい飲み物なんか飲んでたら、ただでさえ雪と氷に閉ざされつつある僕の心象風景が、シベリアとかアラスカとかツンドラ地帯とかそういう旧ソ連のスメルで満たされちまう。
自動車のウォッシャー液が凍結しちゃうから、代わりにウォッカを入れてるような国だぜ。無理だ無理だ無理だ。

紙コップごしに「これでもかっ!」と己の熱さを主張してくるソイラテを、親指と中指の、それも最小限の接触面積でもって持ち、オープンテラス席に陣取った。
灰皿をテーブルに置くと、丸い形状のそいつはくるんくるんとテーブル上で回転した。カタカタカタッと音がしてたんだろうけど、僕は音楽を聴いていたから、本当のところは分からない。でもまぁ、ピコピコピコとかドガガガガガとかいう音はしなかっただろう。灰皿はこんなところで僕らの予想の斜め上をいったりはしないんである。

いそいそと煙草に火をつけて、本を読み始めた。
先日、漸くロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』を読み終え、今日からは本谷有希子の『あの子の考えることは変』を読むのである。

読んでいる最中は、その小説の描く世界に没入してしまうからなのか、記憶が飛んでいく。灰皿にたまった吸殻や、いつの間にか空になったソイラテは、僕が煙草を吸ったりソイラテを飲んでいたことを厳然たる事実として物語ってはいるが、僕はその行為自体をまるで覚えてやしない。
集中してたってことだ。たぶん。
音楽を聴いていたけど、その時聴いていたキリンジがどうも本の世界に馴染まなくて、途中からブランキーに変えた。
ベンジーの悲愴的且つ悲壮的、且つ色っぽい叫び声と、同じくらいにヒリヒリするギターの音が、何となく本谷有希子の情感溢れる切実な文章と融解して、気持ち良くなれたのだ。
飛んでいくみたいな。飛んでいるみたいな。

恐ろしいことに、閉店までの1時間で読み終えてしまった。
本を閉じて、ふぅ……と溜息をついたら、ちょうど店員が片付けを始めようとしていた。
ナイスタイミング。時期の合致というのは、誠に美しけり。
僕は立ち上がり、煙草をくわえながら空になった紙コップと4本程吸殻が溜まった灰皿を片付けて、くわえた煙草に火をつけながら自転車の鍵をガシャンコと外した。
深夜の世田谷を自転車で駆け抜けるのに、ブランキーはなんだかそぐわないと思い、フィッシュマンズに変えた。ゆらゆらと浮遊していくような、あの音とあの声が、ゆらゆらと漕いでいく僕の自転車のリズムに不思議とシンクロしていく感覚があったのだ。

東京農大の横の歩道で、千鳥足のサラリーマンがふらふらと歩いていた。
そのオッサンは、足元こそおぼつかないが妙に目だけは座っていて、その目つきから「俺は酔っ払ってんだかんな! 文句あっか!」という謎の光線がビシビシと放たれていた。
その光線を華麗にかわしつつ、買ったばかりだからといって七分丈のTシャツで自転車に乗るには、今宵はちょっと冷えるなぁなどと僕は思っていた。


♪今の気分的一曲
あの娘が眠ってる / フィッシュマンズ