1月24日0130頃、中隊長等(原隊での職務、演習編成とは異なる)を集め、山口大隊長は帰営を命じる。
一般の小隊は物がないので軽易に準備できたが、炊事掛はそうはいかない。真暗で吹雪の中、炊事道具等の員数を掌握して梱包しなければならない。そこで編成外の特務曹長が自中隊の輸送員を掌握して出発準備をさせた。
「吹雪は益々猛烈にして四面暗澹、咫尺を弁ぜず」(伊藤元中尉)
ごく短い距離でも視界がきかない。例えるならば、2メートル前にいる人が見ないような状態。
0230頃、神成大尉と伊藤中尉が先頭となって前進を開始した。
だが、暗く吹雪いているので、帰る方向が全くわからない。ここまでの足跡も消えており手がかりがない。
「とにかく前日来た方向を、らしいと思う方向に向かって全軍出発したわけなんですよ」(小原元伍長)
「右すれば高山に突き当たり、左すれば深谷に落ち込むと言う有様で如何ともすることができず、依って私と神成大尉と相談して、この状況では到底前進する益もない故、昨夜の露営地に引き返し、天候の回復するのを待ち出発せんと決し、回れ右前へ号令を下し退却せしめた」(伊藤元中尉)
伊藤中尉と神成大尉の判断は良かったが……。(来週に続く)
〈ご連絡〉 おそらく、3月に拙著『生かされなかった八甲田山の悲劇』が発売されます。
遭難生存者のその後、203高地で死闘をくり広げる友安旅団長、酷寒の地黒溝台で苦戦する立見師団長、津川連隊長と遭難生存将校の戦いぶり、福島大尉の戦闘状況、そして八甲田山の教訓は生かされたのか。
その他には、山県元帥と児玉大将の主導権争い、旅順の戦いは戦術的にどうだったのか、友安旅団長の怒り、黒光台における森鴎外の衛生上の調査報告等々。
生存者は一生懸命生きていた…… 日露戦争では多くの将兵が命を落とした……
発売された際は、ご購読をお願い致します。伊藤薫