橇の輸送員は5時半までに炊事掛軍曹の指揮下に入らなければならないので、4時半頃には起床して身支度を整えなければならない。

だが、朝食と飯骨栁に容れる昼食の受領、それに朝食の喫食時間を考えると、遅くても下士卒の全員が4時半に起床しないと集合時間に間に合わない。

 6時営所に起床ラッパが鳴り響く。

 東の空が白み始め、第5中隊舎前には演習部隊が集合を終えている。

各小隊長は神成大尉に集合完了報告をする。その後神成大尉は気合の入った大声で命課した。

「当演習中隊の指揮を神成大尉が執るッ」

続けて訓示し、行進命令を下達した。そのあとの様子は時事新報に書かれている。

「諸般の準備を整えて出発せんとするに際し、少佐自らも一行に向って厳重なる訓戒を降し津川連隊長よりも懇々行軍に関する心得を訓示し軍医よりは進軍中に休息する際の注意凍傷の予防法若しくは宿泊の際安眠すべからざる事等八箇条ばかりの箇条書きを添えて教誨し……」

 朝の天気は薄曇り、西の風最大風速1.3メートル、気温はマイナス6.7度とこの1週間で一番低い。

前日の降雪は1.5センチで積雪は約90センチだった。

「当地方とすれば、さして悪天候ではなく寧ろ良いお天気でありました」

 と、伊藤証言にある。

 出発前に、マイナス6.7度の外で1時間近く整列させられていた隊員にしたら、大隊長や連隊長の長々とした話はありがたくもなく、ひたすら寒さを我慢するだけの時間だっただろう。

 6時55分営門通過―

前の道路を右に進む。行進順序は1小隊、2小隊、3小隊、4小隊、特別小隊、山口少佐以下の統裁部、行李(橇)の順となる。

神成大尉は先頭付近に位置した。幸畑までは3.2キロで平坦な道となっている。

人馬の往来があり、多少圧雪されていたであろう。

筒井の集落を抜けると白銀の平坦地が広がる。

ところどころに稲架の丸材が積まれていた。

天気が良ければ前方に八甲田山が見える。

1月下旬の青森は冬型の気圧配置となることが多く、曇りや雪の降る日が多い。

そのようなときの八甲田山はだいたい雪雲に包まれていた。

おそらく当日もそうだったに違いない。

 

(来週に続く)