犬笛のバラード (前編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれは、去年の3月に重度の坐骨神経痛を患い2ヶ月以上仕事を休んだ。

その期間おれは1日も早く仕事復帰する為に自分でストレッチと歩行訓練をしていた。


2ヶ月近く経って大分歩けるようになったので近所の神社の石段に挑戦してみる事にした。


この神社の石段は、約300段でかなり急角度な上に1段の高さが少し高いので訓練には丁度いいと思った。


石段を登り始めて直ぐにおれは自分の考えの甘さに気付いた。

おれの坐骨神経痛の回復度では、この石段はハード過ぎた。


だが、ケダモノの回復力と言われたおれがこんな石段ごときを途中で断念するのは悔しいので何としても休み無しでしかも一切手摺りを持たずに境内まで登り切ってやると決めて一段一段登って行った。


この神社は、昔飼っていた黒い北海道犬アクとの散歩コースの一つでこの石段の下まで来るとリードを外して境内まで競走で駆け上がっていた。

普段参拝客の殆ど無い神社は、おれとアクにとって都合のいい遊び場だった。


あの頃 競走でアクに勝った事は無かったが石段の最上段まで上がるとそこにはアクが得意気に座って待っていた。


アクと一気に駆け上がっていた石段をこの日は、歩いて最上段まで上がるだけでも必死な自分か情けなく苛立ちを感じていた。


100段位上がった辺りから徐々に脚の感覚が鈍くなって来た。


立ち止まりそうになった時 おれの後ろから何かが追い抜いて行ったような気配を感じた。


そう言えばいつもこの辺で後ろから走って来たアクに追い抜かれていたのを思い出した。

その記憶が、後ろから抜き去って行った何かの気配になったんだろう。


まだまだ石段は続く。

次第に余計な事を考える余裕が無くなって来た。



後編に続く