八光流柔術は、護身を目的にした武道で体力に自信の無い者や女性にも身に付ける事の出来る武道だ。
しかしおれの道場の現実を見ると女子は少ない。
そんな中 数年前に入門した女子は、特に素質がある訳じゃ無かったがヤル気だけは人一倍強く師範を目指しているようだった。
とにかく彼女のヤル気は本物で分割型の安全マットを10枚自腹で購入して道場に持って来たり自宅の近所の公園で一人で受け身の練習をしたり習った技をノートに録ったりしていた。
おれの道場の宣伝活動にも大変役立ってくれていた。
ただ 彼女は困った事に技を掛けられた時のリアクションがかなりオーバーで「きゃーッ」とか「ヒーッ」と騒がしい。
したがって彼女は、道場で浮いた存在だった。
どうもおれは、こう言うノリが苦手で彼女のリアクションは、その内時が経てば彼女のこの癖も無くなるだろうと苦笑いしていた。
やがて2年位過ぎて彼女が茶帯になる頃には彼女は、それなりにおれの道場に馴染んでいた。
彼女の存在の違和感は変わり無かったが、おれはその違和感が何と無く面白くなっていた。
彼女は、道場と言う荒野に一輪の花を咲かせているような気がした。
このまま彼女が上達したらどんな武道家になるんだろうと思っていた。
だが、そんな彼女に彼氏が出来た。
その為に道場参加が難しくなったと彼女はおれに打ち明けて来た。
その頃から彼女は、まるで別人のように変わって行った。
道場にも滅多に来なくなった。
久しく道場に来ても柔術に対する情熱は消え技は素人のようになった。そして遂には、道場に全く来なくなった。
恋愛は、人を変えると言うがこれ程とは色恋沙汰は苦手なおれには到底理解出来ない。
荒野に咲いた花は、枯れてしまった。
しかしもし根っ子が残っているなら或いは何時か再び花を咲かせるかも知れない。
おれは、荒野に吹き荒ぶ風の中でその日を待っていようと思う。