練習初日 附いてない女先生に おれが、保育士試験を受ける動機を説明すると「出来る限り協力しますから頑張って下さい」と言ってくれた。
国家試験1年目おれは、受験申し込み期限ギリギリに受験する事を思い立ったので ほとんど受験勉強無しで受験した為1教科しかパスしなかった。
と言う事は、残り11教科と実技試験を2年以内 チャンスは2回で全てパスしなければならない。
おれは、2年目に向けて必死に11教科の勉強とピアノの練習をして2回目の試験を受けた。
結果 残り11教科の内10教科はパスしたが 保育実習の学科試験を落とした為 実技試験を受けられなかった。
その事を先生に伝えると 自分の楽典の教え方が足りなかったと おれ以上に悔しがった。
おれに残されたのは、あと1回になった。先生は、練習時間内に学科試験対策に楽典の問題集も取り入れた。
週1回30分のマンツーマンの練習時間内に 毎回必ず童謡を1曲マスターし 自分で選んだ課題曲バイエル89番を練習し 問題集を数ページ解く。
この濃密な練習時間にメトロノームが使われ おれ達は、メトロノームに合わせて歌ったり演奏したりした。
やがて1年が過ぎ 最終決戦の時が来た。
そしておれは、遂に保育士資格を取得した。
おれが、附いてない女先生に合格を報告すると「ヤッター!良かった」と喜んでくれた。そしてもう一度小さな声で「本当に良かった」と言うと彼女の目からポロポロ涙が零れ落ちた。
目標を達成したおれは、その2週間後 音楽教室を辞めた。
先生が「私みたいな頼りない新米でも お役に立ちましたか?」と聞いた。おれは「お役に立つどころか 先生じゃなかったらおれは、滑ってたかも知れませんよ」と言い「既に先生は、立派なピアノ教師ですぜ」と付け足した。
彼女は、涙声で何か一言言ったが、よく聞き取れなかった。
「ありがとう お元気で」とおれは、教室を後にした。
外に出て夜空を見上げると細い月が、やけに滲んで見えた。
あれから長い年月が流れ おれは、今ではピアノを弾く事は無いしメトロノームの使用目的も変わったが メトロノームにまつわる思い出は、いつまでも消える事は無い。
そう言えば 最後の練習の時 彼女が言っていた「私は、バイエル89番を弾く時 必ず初めての生徒さんの事を思い出すでしょうね」と・・・。