親不知子不知 訪問日2026/7/25


今回は新潟県糸魚川市にある、日本海沿いの断崖絶壁の難所、親不知子不知へやってきた。


 

親不知観光ホテルの無料駐車場から散策スタート!


今回の散策ルートは、親不知レンガトンネルを通ってから市道 天険親不知線へ抜け、戻ってくるルート。


それでは、さっそく親不知レンガトンネルまで歩いて行こう!


少し階段を下ると、親不知レンガトンネルに到着!
ここは、かつて旧北陸本線で路線が通っていた、レンガ造りのトンネル遺構だ。


いざトンネル散策へ…と、思っていたら案内看板横に階段を発見!

「芭蕉も歩いた海岸」との事…
これは見に行かねばならない。

階段を下っていくと、目の前に海が広がる。
やはり日本海はこの青い色、そして透き通っていてとても気持ちがよい。

ここが芭蕉も歩いた海岸だ。
当時の人々は、この断崖絶壁の波打ち際も通ったそうだ。

松尾芭蕉の奥の細道には「犬もどり・駒返しなど云北国一の難所」と書き残されている。

 

「犬もどり」はあまりに険しく、犬さえ引き返してしまうほどの場所。

「駒返し」は馬さえ進めず引き返すほどの難所という意味らしい。


海を眺めてボーッとするのは気持ちがいいけど、暑すぎて汗が止まらない。
まだまだ沢山歩くことになりそうだし、涼しいトンネルへ戻ることにする。

そして、いざトンネルの中へ!


 

奥に見えるトンネルもかつて旧北陸本線で路線が通っていたもの。


ちなみにトンネル内は明かりも少なくかなり暗いため、懐中電灯も用意されていたよ。


 

温度・湿度計も置いてあり、温度25℃と湿度60%を示していた。


無償で置いてある懐中電灯に文句を言うのもなんだが、めちゃくちゃ暗い(笑)

なので懐中電灯は置いていったよ。

何も見えないほど暗くは無いからね。


誰も居ないこともあって少し不気味さもある。
それにもかかわらず、赤レンガトンネルの中をただ一人で進んでいると、何とも言えない神秘的な雰囲気を感じる。


 

トンネル内をよく見ると、旧北陸本線時代に走っていた蒸気機関車の煙による煤が、今も壁や天井にこびり付いている。


約670mほどのトンネルを歩き、ようやく出口へとたどり着いた。


出口には懐中電灯の回収ボックスもあったよ。
だが、誰も来ていないのか、誰も使っていないのか、何も入っていなかった。

トンネル出口から階段を上がれば市道天険親不知線(親不知コミュニティロード)に出られるみたい。

ただこの階段かなり急で…
この暑い真夏に来たのは失敗だったか?と思いながら汗だくになりながら登る。

そして、ようやく市道まで登り切った…
果たして、ここまで来る人はどれだけ居るのだろうか…
他の観光客は、トンネルすら入らずUターンしている人しか居なかったよ(笑)

駐車場の方向へ歩いていくと、大きな石壁に

矢如砥如と書かれているスポットを見つけた。


案内看板を見ると、この場所が親不知で最も困難な通行場所だったみたいだ。
矢如砥如とは砥石のように平らで、矢のようにまっすぐという意味。
海岸沿いの道が、砥石のように平らで、矢のように一直線に見える様子を表した言葉みたい。


 

天下無双の難所‼️


そして、更に進むと謎の帽子を被ったオジサンがこっちを振り向いている。


登山家でもあるウォルター・ウェストンの銅像だ!
日本近代登山の父として有名みたい。


 

明治27年に親不知の海岸線を歩いて旅をして、ここが日本アルプスの起点!と著書で紹介したみたい。


親不知には、時代とともに作られた4世代の道路が重なるように存在している。


 

今いる遊歩道が第2世代。


自動車が走る国道8号線が第3世代。


そして、その上を通る高速道路の北陸自動車道が第4世代だ。


この銅像付近の展望スペースからは、1世代から4世代の道路を同時に眺めることができる。
……のだがここで1世代を含めて撮り忘れるミス…!


撮り忘れてしまったから、第1世代は松尾芭蕉も歩いた海岸から見える写真を…


そして市道の始点へと戻ってきた!


 

私はトンネルから市道に歩いたけど、市道からトンネルの方が階段の登りが少なく良いかもしれない…と思ったよ。

私が次訪れる際はこのルートで…



駐車場にある親不知観光ホテル

ネットの情報を見ると営業中らしいけど、レストランは開いていなかった。

そして国道8号線へと戻ってきたよ!


今回は、昔の人が実際に歩いてきた海岸から、旧北陸本線のトンネル、現在の市道・国道、そして北陸自動車道まで親不知の道の歴史を一気に見ることができ、とても面白いスポットであった。


ただ、真夏にこのルートを歩くのはオススメしない(笑)