1976年当時、人気のディスコといえば
「VIVAオオサマ」と
「Big Together」
まずは、VIVAオオサマ
天神の渡辺通りと国体道路が交わる
渡辺通り4丁目交差点の中州側
大丸と国大道路を挟んで向かいにある
「東カンビル」の2階にありました、
中州で「高級クラブ王様」や
「ナイトレストラン・ララ」などを
経営する王様観光のディスコでした
当時は、クラブ、キャバレー、ホテル
などを経営している会社がディスコを
オープンさせていました。
いつ、VIVAオオサマが出来たか
僕は、よく分からないんです
気がついたら「アッタ!」って感じで
ただ僕が、VIVAオオサマの
2周年記念パーティーのチケットを持っていて
その日付が昭和52年(1977年)なので
オープンは、1975年の夏じゃないかと思います
ブラックビーンズって後のニックニューサーの女性ボーカル
「ノンちゃん」がいたバンドですよねぇ?
DJにランドリーの名前が!
ハーフでめっちゃ男前なのにバリバリの佐賀弁を喋る
ランドリー、後に新天町のロベスピエールで働いてて
一緒に一時バンドやってました
さて、この「ビバ」って言葉ですが
意味は、喜びの掛け声みたいなもので
日本では「バンザイ」に当たる言葉です
70年代に入ったぐらいから
ラジオの「オールナイトニッポン」とかでも
「ビバ〜!ヤング、パヤパヤ、ビバヤング!」
って感じで使われていて
ナウなヤングの流行語だったんですね
(全部死語)
で、1976年アメリカは建国200年記念でして
その曲をフランスの
スタジオミュージシャンのユニット
「バンザイ」が
「VIVAアメリカ」という曲を
リリースさせて日本で大ヒットになります
だからVIVAオオサマってディスコは
時流にバッチリ乗った
最先端ディスコだったんです
そのVIVAオオサマも前回ご説明したように
主流は、バンド演奏なんです!
バンドが2グループ〜3グループいて
チェンジしていくステージで
人気の上手いバンドが出る時間帯が
盛り上がる感じで
バンドのメンバー目当ての女の子も多くて
今のライブハウスっぽい感じですね
このVIVAオオサマには
人気グループがいました
一つはフィリピンバンド
そしてもう一つは、
「クリスタルキング」
そう、あの「大都会」のクリスタルキングです
当時から、めっちゃカッコよかったです
当時福岡には
西日本の上手いバンドが集結して
しのぎを削っている感じでしたが
群を抜いて上手かったすね〜
クリキン聴きに行ってましたもん
オリジナル曲の
「ライジングサン」とか大好きでした
1976年テイチクレコードからリリースしたデビューシングル
クリスタルキングのダンスチューン、カバー曲の
「カモンハッスルベイビー」
B面の「ライジングサン」はオリジンルで
美しいメロディーの名曲です
このシングル盤のプロモーションを
テイチクさんに頼まれてしばらくやっていました、
確か一度、ギターのみっちゃんと
レコード店周りをしたような記憶があります
そして、VIVAオオサマと言えば
専属ダンサーがいたんです
ソウルサンシャイン
このメンバーに
あの男がおるとです
僕を始め多くの人を巻き込み
多くの人の人生を変え
そして導いてくれた
あの男ですよ!




