実録!博多ディスコ物語

実録!博多ディスコ物語

1976年からD.J.をしてるD.J.萩原誠(当時D.J.Sam)が体験談と取材やインタビューをお届けします。
(敬称略愛称で、どうぞお許しください)
毎週土曜日更新予定

映画サタデーナイトフィーバーが

公開された1978年夏

福岡市内にディスコらしいディスコは

城山のVOナイトパレスだけでした

その為、夏の間中大フィーバーで

土日は毎週1000人越えとなり

この勢いは年末まで続くわけです

僕らも最初は人の多さに

アタフタしておりましたが

だんだんと忙しさに慣れて

「今日600人!少なかったね」

とか平気で言うようになります

いやぁ〜

人の順応性の高さと言いますか

喉元過ぎれば…と言いますか

もう、暇で暇で

どうしようもなかった頃が

あったなんて

すっかり忘れて

「ディスコは当然

毎晩フィーバーでしょう!」

ぐらいのことを言っておりました

1978年夏の僕

アフロ、ティアドロップのサングラス

首にプカシェル、赤のボーダーのシャツ

白のヨットパーカー

ハイウエストでバギー風フレアのデニム

消しゴムと呼ばれていた厚底のスニーカー

 

VOナイトパレスとプレイメイト

城山観光一人勝ちってことで

当然DJやダンサー僕らのメンバーが

この時最強で

あべちゃん、一平ちゃん、

シーザーのトシ坊、キヨジ、そしてよし坊

僕サム、ジャンボ、ジョーク、トム

DJは僕がプレイメイトの

メインDJでしたが

DJ全員で2店舗を回していました

バンドはジョージさんが

東京に行ったので

一時サムさん(僕じゃないです)が

ボーカルのバンドが入っていたのですが

ニックニューサーが入るようになり

そしてクリスタルキングが入ります

ニックニューサーには

元ブラックビーンズのノンちゃんが加入してて

しゅう坊とノンちゃんのツインボーカルでした

凄いでしょう?

当時の福岡のベストメンバーですよ

でも、後で考えると

日本最強メンバーだったかも

 

僕やキヨジが

第5いそのビルから出た後

僕らは

すっかり自分の生活を取り戻し

以前より仲良くなり

このメンバーでよく遊びました

 

仕事終わって

DJとダンサー皆んなで食事して

夜中のドライブに行きました

だいたい心霊スポット

と言われる所で

最近映画になった「犬鳴き峠」

殺人事件があって

何度か死体が浮かんでいた

「南畑ダム」

白い子供が走って追いかけて来る

という話の「海の中道」

今でこそ

おしゃれな観光スポットに

なっているけど

当時、何にもなく

公衆トイレだけがポツンとあった

「二見ヶ浦」

 

僕とジャンボが

怖い話を結構知ってて

話しして

その場所でワーワーキャーキャー

大騒ぎしてました

 

毎回

その場所に誰か置き去りにしようと

するんですが

それぞれ残されてたまるかと

必死になるので

なかなか上手くいかないのです

 

ある日

二見ヶ浦で僕が逃げ遅れてしまい

暗闇の中に

置いて行かれそうになりました

僕は走り出した

最後尾の車の窓枠にしがみつき

かろうじて

窓から車内に滑り込みました

そのまましばらく走った所で

他の車が止まって待っていました

そしたら僕が乗った車に

トシ坊がいて

「サム隠れとき!隠れとき!」

というので

僕は後部座席の足元に身を潜めました

外では皆が集まって

「誰?誰が残った?」

「サムがしがみついてなかった?」

そしたらトシ坊が

「しがみついとったけど、振り落とされたよ」

「え〜」「それマズイやろう」

「ちょ、戻ろうぜ」

そして戻って皆が大声で

「サム〜!」

と僕の名前を呼び始めました

最初クスクス笑っていたのですが、

皆必死で叫んでいるし

特に一平ちゃんが

海の中にも飛び込みそうな勢いで

探してくれてて

だんだん出て行きにくい

雰囲気になったんです

もう、これ以上はいかん!

と思って出て行きました

そしたら一平ちゃんが走って来て

やばい!怒られる、と思ったら

半べそで

「よかった〜ほんと良かった〜」って

一平ちゃん本当良い奴だなぁと

つくづく思いました

もう一平ちゃんは

忘れているかもしれませんが

僕は一生忘れません!

ありがとう一平ちゃん

 

この頃、以前の暇な頃から

僕らの周りにいた取り巻きも

自然といなくなり

ディスコブームに乗って来だした

会社員や大学生の

ごく普通の人たちから

常連ができてきたんです

この時の常連が

VIPという名前で

本当に僕らの身内として

この後の福岡のディスコを

支えていくことになります

その辺の話は

これから徐々にしていきますね

 

さて、この城山一人勝ち状況を

他の飲食関係の会社が

黙っているはずはありません

78年秋から79年春にかけて

ディスコが続々と登場します

 

でも

ディスコをオープンさせるためには

DJや良いスタッフが必要なんです

ディスコこそはブームだからと言って

誰でもDJやスタッフに

なれるわけではないんですね

 

どんな飲食店でも

経験が必要ですが

ディスコは特に経験が必要なんです

でも、福岡のディスコ経験者は

殆ど城山にいます

と言うことは

新しく福岡で

ディスコをオープンさせるには

東京や他の地域から連れてくるか

僕らの身内から

引き抜くしかないんです

 

じゃないとオープンしても

集客とリピーター作りが難しいんですよ

それは、オーナーが

ディスコを分かっているかどうか

にかかってきます

もうちょっと詳しく言うと

DJとマネージャー次第で

ディスコは成功かどうかが

決まるって事を

経営者が理解しているか

どうかということです

 

10月このお店がオープンします

サ・セ・パリ

おしゃれな店でした

中洲交番前にある

七島と言うメンバーズスナックが

その2階に作ったお店でした

僕はVOが忙しかった頃で

2〜3度しか行った覚えがなく

今回ブログを書くにあたって

DJが誰だったか全然思い出せなくて

聡司と斎藤じゅんちゃんに

教えてもらいました

 

マー坊でした!と言っても

VOのマー坊(久保山)じゃなくて

オールバックリーゼントのような

73のヘアスタイルに

白のサテンのシャツに

黒の普通のストレートパンツ

って感じで

顔は谷原章介さん的な

優しい色男でした

ビッグトゥギャザーや

スーパースタジオで見かけてた

お客さんだった人

ケーキ屋さんだった気がする

 

他にもこのお店誰か

DJやってなかったっけ?

覚えている人は教えてください

チケットの有効期限が

昭和55年(1980)になってるので

2年間ぐらいはあったんですね

 

 

 

僕は他にもブログを書いています

読んでみてください

D.J.HagiwaraのGroovePower

Truthbssの若返り大作戦

「博多のおいしゃん」やけんね

よろしくお願いします

 

 

 

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