静岡県の某市の前市長のように、たまに学歴詐称が問題になることがありますが、詐称するときは本来よりも良い学歴とするのが一般的かと思います。
しかし、逆に悪く見せることで惑わせるのも、いかがなものかと思います。
あまり具体的に述べて特定されたくはないので、少し暈して書きますが、ある資格に基づく事業主の方で、中卒でその業務を行っていることを訴求している人がいらっしゃるようです。
因みに、その資格は、確かに受験のための学歴要件は必要ないですが、最も多くの合格者を出しているのが東大ということで、母集団の学歴は相当に高いので、そこで中卒であれば一見すると物凄いことです。
しかしながら、その人、某県の最難関の高校を中退しており、しかも、その後に大検から、ある一流大学に入学し、そこも中退のため、結果として中卒になるようであり、「中卒」という学歴から生じるであろう一般的なイメージ(勉強が苦手で高校進学を諦めた等)から、かなりかけ離れているのです。
つまり、確かに「中卒」なのかも知れないが、学力的にはかなり高く、寧ろ地頭は相当に良さそうなのです。
何を懸念しているのかというと、その「中卒」という学歴をみて、もともと勉強が苦手で大学進学を諦めたとか、いわゆるFランと呼ばれる大学出身の人等が、「中卒の人でもできたのだから、もしかすると自分も頑張れば、この人のようになれるかも知れない」といった、悪い言い方になってしまいますが無用な希望を抱いてしまい、本来であれば目に見えていたであろう失敗をし、却って苦しめることになってしまうのではないかということです。
もちろん、努力によって能力を有意にカバーできることはあるでしょうが、根本的な能力に制限されることには抗えず、もともとそれが乏しい人が、東大卒が主流の資格において太刀打ちするのは、極めて困難であると言わざるを得ません。
因みに、学歴とは異なりますが、私も弁理士受験時代に、受験回数のことで相当に暗澹たる気持ちになったことがあり、これもいかがなものかと思ったことを紹介します。
試験では必ずといってよいくらいに、受験機関等から合格体験記が出されると思いますが、弁理士試験でもそうでした。
そして、そこには、大部分3年以内の短期間で合格した方が載せされ、その中で5年前後かかった人が、「こんな自分でも最後まで諦めなければ合格できた」みたいな形で載せられていました。
しかも、その5年程度かかった人でも、合格に近い状態には、もっと早くに到達しており、たまたま運悪くそうなってしまったように見受けられる内容でした。
そうすると、「自分は5年を超えても合格しないし、その目途すら立っていない。もうダメなのではないか。」と感じてしまったものです。
実際には、現在は不明ですが、当時において、確かに相対的な合格者の割合としては、5年超の者は少なくなりますが、絶対数としては少なからずおり、10年を超えて合格する方も全然めずらしくありませんでした。
いつまで経っても棒にも端にも引っ掛からなければ考えた方が良いでしょうが、上述したように個々の能力差があるのは止むを得ないのであり、少しでも年々合格に近付いており、かつ勉強を続けられるのならば、それが途絶えるまでは、自分を信じることが最も大事なのだと、当時痛感した次第です。
もっとも、もう当時のような苦痛は二度と味わいたくないですが・・。