人民弁理士今日も行く

人民弁理士今日も行く

Aujourd'hui comme hier. Demain comme aujourd'hui...

私が社会人になって間もない頃の年明けのことです。

 

中学時代の同級生の家で、中学のみならず彼の高校時代の友人も集まって新年会がありました。

 

それなりに楽しく話ができ、そろそろ酔いも回って来たし、オールナイトは避けたかったので帰ろうとしたところ、ちょうど買い足しから戻って来た、主催であるその家の友人と鉢合わせました。

そして、彼に泊まって行くように勧められました。

 

私が渋っていたところ、その彼から衝撃の一言が飛び出しました。

「お前を除け者にはしない」

その時は、あまり考えたくもなかったため敢えて善意に受け止めましたが、実際には、かなりショックでした。

 

ともすれば、彼は、泊まって行って後悔させることはしないという善意の趣旨で言ったのかも知れません。

しかし、こちらからしたら、その飲み会で、それなりに楽しんでおり、別に除け者にされたなどと思っていませんでした。

それを、このように言われると、自分をそういう風に認識していたのかと愕然としました。

 

その友人とは、何年か後に、やはり飲み会の際に因縁をつけられ、それを機に疎遠になりました。

彼の言い分もあるでしょうが、十年以上の付き合いのある相手に因縁をつけて来る段階で、元々そのように雑に扱ってよい相手と軽く見られていたのでしょう。

 

ただ、若い頃は、彼に限らず、ともすれば善意のつもりだったのでしょうが、飲み会では、よく不愉快な言葉を投げかけられました。

「ちゃんと輪に入れよ」

 

別に、その飲み会で孤立していたとは思っておらず、自分としては楽しんでいるのに、わざとそういったことを、周囲に聞こえるように言われました。

 

おそらく、そういうことを言って来た相手とは、実際に話が合わなかったのでしょう。

しかし、その飲み会の参加者は、彼だけでなく、それなりに楽しんでいたにも関わらず、敢えて自分が輪に入れないヤツだとの印象を植え付けられるようでした。

 

もっとも、飲み会では実際に孤立してつまらない場合も、それなりにありましたが、そのような飲み会で言ってもらったことはありませんでした。

 

そのことからも、上述の発言が善意でなく、自分にレッテルを貼っていた証左だったと思っています。