広州に来てまもなく1年。家族を広州名所に連れて行ってません。今日、中山記念堂に行ったら運悪くイベントのため臨時休館。ふと記念堂の北側を見上げると塔が見えたので、高台の塔に行き先変更。道も分からず適当に坂を上りましたが、途中で行き止まり。仕方なく中山記念堂通りに戻ってタクシーで入口まで行きました。下から見えていた塔は越秀公園の中山記念塔でした。
公園東入口から歩く事20分以上、先に見えてきたのが、塔の手前にある広州博物館、別名鎮海楼。


昔はここが街で一番の高台だったらしく、砦のような感じで外敵に備えた砲台も残っていました。
鎮海楼は、いま博物館になっていて、広州市の歴史展示を見ながら階段を上ります。

広州も昔は城壁に囲まれていたんですね、この模型は昔の広州の街の様子が良く分かり勉強になりました。この後展望台にでて景色を見ましたが、高層アパートが建ち並ぶ現代では、市内を一望、という眺望は望めません。

越秀公園と言えば広州のシンボル、五羊の像。ここまで来たからにはしっかり見て帰ろうと階段を登り詰めました。やっと着いて像を見ると、あれ?コンクリート丸出しで、仕上がり悪っ。コンクリートブロックの塊が羊のしなやかな体型を台無しにしています。これ本当に広州のシンボル?広州搭やIFCなど最新建築がそびえ立つ広州ですが、まずはシンボルをせめて継ぎ目無しに作り直す事が最優先じゃないの?かなり脱力の五羊とのご対面でした。
公園東入口から歩く事20分以上、先に見えてきたのが、塔の手前にある広州博物館、別名鎮海楼。


昔はここが街で一番の高台だったらしく、砦のような感じで外敵に備えた砲台も残っていました。
鎮海楼は、いま博物館になっていて、広州市の歴史展示を見ながら階段を上ります。

広州も昔は城壁に囲まれていたんですね、この模型は昔の広州の街の様子が良く分かり勉強になりました。この後展望台にでて景色を見ましたが、高層アパートが建ち並ぶ現代では、市内を一望、という眺望は望めません。

越秀公園と言えば広州のシンボル、五羊の像。ここまで来たからにはしっかり見て帰ろうと階段を登り詰めました。やっと着いて像を見ると、あれ?コンクリート丸出しで、仕上がり悪っ。コンクリートブロックの塊が羊のしなやかな体型を台無しにしています。これ本当に広州のシンボル?広州搭やIFCなど最新建築がそびえ立つ広州ですが、まずはシンボルをせめて継ぎ目無しに作り直す事が最優先じゃないの?かなり脱力の五羊とのご対面でした。

広州友誼商店の東側、世界貿易ビル広場の二階にあるスペインレストラン。
タパスが多くて、おつまみのような感じで何品かつまみ食いをした後、主食のパエリアとかお肉とか、そういう気軽な感じで食事が楽しめました。

ほうれん草をガーリックバターソテーしてチーズをかけて仕上げたタパス。28元だったか38元だったか、家でも真似したくなる美味しさ、手軽さ。こういう気取らないメニューが揃っています。

メインはシーフードパエリア。お米の仕上がりが少し柔らかめでしたが、味は合格。パエリアというと大きな鍋で出されるイメージがありますが、ここのは小ぶり、二人でシェアしてちょうどよいし、1人で食べるのであれば、パエリアとサラダとタパス一品ぐらいで満腹になるでしょう。
日本に残した子供達は、健康生活を送り、体に良い食べ物を摂り、少しでも良い血を蓄えて、献血に備えています。(面白い発想です)お役に立てる事が明確になったら現地に行き、お手伝いをしたいと願っており、それまでは節電を心がけ、体力を鍛えているそうです。以前の駐在で一緒に働いた先輩社員のご尊父様が、津波に巻き込まれお亡くなりになりました。心からご冥福をお祈りいたします。被災地の一日も早い復興を祈ります。とにかく前を向いて、上を向いて。
きのつくさんブログに「金ないが、君を笑わすことできる」という川柳が出ていました。いま、生活苦や苦境にあっても希望を失わない、そういう心の強さに憧れます。
いつもあわててブログの更新を行っているため、アップロードした文書を読み返すと、誤変換、脱字誤字いっぱいありますね、ごめんなさい。時間が許す限り編集して正しい言葉に入れ替えます。太古倉
家族と言った、はもちろん家族と行った、が正解です。
家族と言った、はもちろん家族と行った、が正解です。











