現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術 -5ページ目

現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術

副業を「サラリーマン」としての安定的な立場を活用して、世間体を無視して、口にしてはいけない本音を語り、水面下でお金をコツコツと稼ぐ 常識を破壊して正しいと思う事を自己責任の基で、試練を強行突破するブログ。

『金』と人間の感情は深く結びつける。


だから、お金持ちになったとしても幸福になれない。


これは私が最近とある人から、言われたことです。

職場の同僚からは、『お前は金自体に、異常な執着心がある』と忠告を受けました。

お金だけを楽して、多く儲けたい。あとはどうでもいい。

どんどん、心が荒んで気がついた時には、感情で左右されるようになっていました。


【お金持ちになる決意】

2011年、大学4年生の5月に、興味本位で読んでいた、経済雑誌の特集記事で、投資や副業の特集記事を目の当たりにして、『サラリーマン』以外に生きる道を見つけました。

当時、公務員試験の受験真っ只中でしたが、第一志望の東京都庁職員採用試験に落ちてから、他に合格していた他の職員採用試験を途中棄権しました。



極度の安定思考と、失敗をしたくない『臆病な心』から、消去法で選び方を捨てて、本気でやりたい事は何か?

真剣に悩みました。




【ロバート‘キヨサキの書籍と出会い】


お金に極度に執着心が強い私に見兼ねた、私に一冊の本を勧めてきました。


ロバートキヨサキ著者の『金持ち父さん貧乏父さん』でした。


そこに書かれていた事と私が当時求めていた事がマッチしました。


【金持ちの法則】


一、会社を作る

ニ、専門家を雇う(弁護士や税理士を付けて資産を守る)

三、資産を増やしていく(不動産を購入)

四、セールスができる事



他にも細かい内容はありましたが、今回は省略します。


独立しても、売り上げがなければ、会社は潰れます。

会社のトップに立つ人が、営業ができないのは致命傷だと断言されてしまいました。

(書籍の中で)




【苦手の克服】


この時点で経営者として生きていく、決意をしました。

自分が最も苦手だった、『営業スキル』を早急に身につける必要でした。


苦手克服を効果的k、効率的にできる仕事は何か?

調べて、販売代理店に所属する事にしました。


メーカー等が自分の会社で営業活動しないで、営業活動だけを業務委託していました。

徹底的に営業活動だけをしなければならない環境に身を置くだけで、飛躍的に成長できると考えたので、即、代理店各社にエントリーシートを送付しました。

そして現在に至りまります。


営業は、、、もう、、、(涙)
『独立したい。だけど安定が欲しい』

今の仕事きつい、楽になりたい。給与が沢山もらえる仕事に就きたい。


これは私が最近まで本気で口にしていた言葉です。


【サラリーマンで勝つ】

サラリーマンであるからこそ、経営者達のお金の羽振り具合だけを見て、単純に経営者になろうと決意しました。

ただ、『サラリーマン』におけるポジションは非常に捨てがたい事実があります。


2012年、新興国にコンドミニアムを購入しようと事がありました。


銀行融資は不動産購入額の70%の許可が出ました。【中小企業勤務の私】

最大では90%まで出てました。【日本の1部上場企業勤務のSさん】


一方で駆け出しの経営者で年収1800万円のM氏は60%までしか、許可が降りませんでした。

サラリーマンである私はM氏の年収の半分以下でした。

しかし、銀行融資額では雲泥の差が出ました。


金利も優遇してくれました。


銀行から見える、経営者とサラリーマンでは、サラリーマンの方が圧倒的に評価が高い事を見に染みました。






2011年、大学4年生の時、極端に将来に対して極度の不安を感じていました。

収入源が一つである事の危うさを3年前に関節的に経験してしまったのです。


【ノウハウ収集】

2011年、大学卒業まで半年を切ったところで、段々と不安ばかりが増えていきました。


収入源を複数に増やす方法をずっと考えていました。


その行動に対して、周りに人たちは奇妙な行動しているようにしか映りませんでした。

経済雑誌や企業に関する書籍は読み潰していきました。


本の中に書かれている事を、1ヶ月程持続しるものの、どの手法も挫折しました。


【投資の勉強するキッカケ】

不動産投資に強い、大富豪との出会いがありました。


澳門(マカオ)を中心に活動している日本人投資家でした。


推定資産180億円持つ、世界的な資産家でした。


現在は、関連会社だけでも、50社を超える法人を経営する名実共にトップクラスです。

完全にVIP扱いを受けています。

恐らく、日本ではそのような待遇を受けて無い上に、移動は電車と徒歩なので、普通に駅で出会ってもわかないと思います。


恥ずかしい話ですが、私も最初はわかりませんでした。


マイクを持ち、言葉を発した瞬間に、力強い声と並大抵では無い努力を積み上げてこられた方が発する独特のオーラが出ていました。

話に出たのは『不動産投資』でした。

ゆっくりと確実に資産構築ができて、かつ、銀行のお金を活用できるのが最大のメリットでした

手持ち資金が少なくても、7割~9割を銀行融資で賄う事ができたので、複数の不動産を持つこともできます。

株や先物取引とは違い実物のメリットである、『担保が付く事』でした。

経済成長も見込める、アセアンの新興国でした。


そして、リーマンショックによる、歴史的な円高が発生していました〈2010年~2013当当時の話〉


値上がりが見込める新興国と、為替差益が十分に見込めて、銀行のお金を活用できる、最高の投資案件ばかり紹介してもらいました。


普段ならば、出てこない案件でした。


【サラリーマンで勝つ】

銀行融資を受ける際に、一番融資額が多いのは、ダントツでサラリーマンでした。


今もその傾向は変わらず、銀行は融資実行してくれます。



月収35万円以上の方は融資許可が出ていました。


しかし、私は、月収の壁はクリアできたものの、不動産購入資の予約金、200万円を用意できなくて諦めました。

現在、私は某大手の通信会社の販売代理店で派遣社員〔契約社員)として勤務してます。


主な業務は、(クライアント)が提示する、契約件数以上の獲得する事です。


もっと具体的に言えば、量販店で個人のお客様にインターネット回線を勧める仕事です。




その為に、毎日出社するのは、取引先の量販店です。所属している会社は一年以上行ってません。







【代理店業務から見える面白さ】

私が勤務している会社は、一次代理店になります。


クライアントから直接契約しています。




当然、第二次代理店もあります。それが、一次代理店経由した契約になります。


一次代理店から中抜きされるので、実際には利益率が低くなります。


一次代理店の社長と第二次代理店の社長では雲泥の差があります。


それに加えて大元のクライアントの会社ではさらに差が大きくなります。


【第二次代理店社長との出会い】







彼の名前はHさんと言います。年齢は24歳と若手社長です。




彼は第一次代理店の私が勤務している会社の下請けとして、入ってきました。




彼の月収は60万円でした。







これまでの最高年収は1500万円だと話していました。





現在は600万円程




彼自身も毎日出向先の家電量販店にて、販売活動を行っているだけでした。


それが終われば、一次代理店との会議、自社の別部署の活動と、自営業の状態で休む暇がありません。





【第一次代理店社長の告白】




2013年6月に私が所属するチームで予算比120%の記録を三ヶ月連続で叩き出すことができました。


その打ち上げと称して、飲み会が開かれました。


普段会う事が無い、常務取締役、事務局長、営業統括部長と同じ席で話す機会に恵まれました。




そこで、不運にも常務取締役の隣の席に座る事になりました。




普段以上の気を使いながら、当たり障り無い受け答えをしていきました。






その中で、苦労話しになり、現在の年収の話になりました。


3000万円




毎月平均で月収は200万円




これを真横で話をされました。それに加えて、土日は完全に休みでした。




事業部ごとに責任者があって、その現場に弊社の常務取締役が入る事はありません。

これを差を見て、私は代理店業務を請け負う事を諦めました。














私は販売代理店で契約社員として勤務してます。






大学を卒業してから、就職しないで、契約社員として勤務することを2011年11月に決意しました。




当時はまだ現役の大学4年生でした。









【あえての契約社員】




私の大学同期の友人は就職することに躍起になっていました。







大学在学中に就職しないと、正社員になれない。厳しいと言われて、その脅迫文句を鵜呑みにしている人がいました。




実は私もその一人です。







就職活動の最初の内は希望の職種に挑戦していくが、後半になっても決まらない場合は最終的にはどこでもいいから就職していきました。









途中で就職したくない気持ちが強くなっていきました。ひょんなことから、投資で生活している人や独立している人と会える機会に恵まれました。







社会人=サラリーマン といったイメージがどうしても強かったので、違う世界を見て衝撃を受けました




学生時代に嫌という程、人生の目的も見失って、死んだ目をしながら、満員電車で毎日通勤している姿を見て、私はそうならいように、自分にプレッシャーを与える為に契約社員に魅力を感じました。







もう一つの動機しては、やりたくもない、仕事をする意味がわかりませんでした。




特にやりたい仕事も無かったので、私は就職しませんでした。


私は物心がついた頃から、興味がある事にしか取り組む事はありませんでした。



必要性を感じない物に関しては、学校の教師や両親がどんなに説得しても、私は応じる事はありませんでした。


ある種、どうでもいいことにこだわりを持ち、気になる事は徹底的に追究してしまいします。


その結びつきは常に「お金」と密接に関連していました。




きっかけは、何か欲しい物があった際には両親は買ってくれる事は、ほとんどありませんでした。


どうしたらいいのか?お金を使わずに得られる方法や、子供でもお金を得る方法をひたすら考えていました。





私が両親に買って欲しい事を伝えると必ず返ってきた言葉ある。



【両親から言われた衝撃の一言】




「お金がないから、貧乏だから」


私はこの言葉を単純に捉えてしまった。貧乏だから買えない その逆であれば買えるよね?


そした、私が「金持ち」になればいいのではないか? 金持ち=買える


そんなやり取りを高校生までやっていました。知らず知らず私はどんどんお金について、貪欲になっていきました。




職業選択の時も年収1000万円以上を最低でも稼げる仕事以外興味ありませんでした。


それらの職業の殆どが弁護士や会計士と言った資格が必要でかつ取得までに莫大なお金がかかる事がわかりました。


そこに対して払える資本力も無かったので、結局諦めることに。



そこで、お金を稼げるポジションどこか?貧乏で金に困って、自ら努力して稼ぐ事できるようになった、ビジネスオーナになることに目指す事になりました。
先日、私は販売代理契約を締結してきました。簡単な審査も無事に突破できました。




これで、契約を取るだけ、取次手数料がどんどん懐に入ってくる事になります。




独立起業をする前に、自己資金を気にする方が非常に多いですが、今回私が契約に要したお金は0円です。


お金は出来制で発生します。契約が取れれば、売上は上がっていきますが、契約が0の場合は、お金は1円も入ってきません。



創業 イメージ



私は大学生時代から起業をしたかったので、今回の代理店契約をいつもお世話になっている某社長に報告しました。


【社長との会話】

私:「〇〇さん(社長)いつもありがとうございます。今回契約代理店契約をしてきました。これから、独立の一歩を踏み出します。」


社長:「君さぁ、それは独立だけど、自営業のポジションに移動しただけだよ」


私:「そうですね。このポジションに留まっているつもりはありませんけど。」


   「ただ、バイトをする代わりに経験を積むためと、お金を稼ぐための手段です。」



社長:「その考え方であれば、全く問題ないが、そこから入ってくるお金で豪遊するようになったら、自営業から抜け出せなくなるよ」


   「いきなりジャンプアップは誰もできない。だれもが、そのルートを通るからね。」




私:「そうなんですね。」「代理店契約で入ってくる取次料はすべて、生活用口座と完全分離させました。」




社長:「それがいいね。生活に使っていいお金と再投資していいお金が一目でわかるようになるからね」


私:「このままの生活を維持して、代理店での利益は香港の長期積立か生命保険、もしくは新興国の不動産投資にあてていく予定です。」




社長:「そうだね。お金を浪費させないで、お金に仕事をさせていく、資産運用を少額でもいいから始めていく事が大事だからね。」




私:「前回のコンサルの時に指摘されてから、徹底しました。それに加えて収入が大幅に減ったので、節約せざる負えなくなりました。




社長:「そうだったの?それは大変だね」


私:「その代わり、自由に使える時間は増えたので、その時間を今回代理店契約をするキッカケになりました。」


好きな事は気が済むまでやらないと、諦められない程、執着心が昔から強い方でした。

思い立ったら、即行動が原則でした。

問題なのは、即行動した時の成功率は極めて低いことです。10回挑戦して、1回当たる程度でした。

当然学べる事もたくさんのあります。
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何が駄目だったのか?次にまでにやらなければならない事も見つけることができました。

2012年の10月に信頼するネットビジネスで年収1億円を超えている社長が10人限定で
個人コンサルをやってくれる事になりました。


しかし場所は大阪でした。


私が住んでいるのが、神奈川県です。2時間のコンサルを受けるためだけに大阪まで行くか躊躇いました。

その告知があったのが、1週間前でした。しかし普段であれば、有料であれば、10万円以上掛かりますが今回は『無料』で招待先着10名限定でした。


その場で一瞬悩みましたが、中々無いチャンスだったので、即行動で申し込みフォームを送信しました。


その時はお金があまり無かったので、予算を1万円までに抑える必要がありました。


その結果、横浜駅から大阪駅まで片道2500円の夜行バス〈ツアーバス、今は無い〉
を見つけて、即予約しました。


それ以降迷ったら、実行することにしました。


全部成功することはありませんが、『後悔』することがなくなりました。


当然、他人からのダメだしも受けるようになりました。


ただ、その部分は実行しないと得られなかった情報だったりするので、非常に有益でした。


自分が気がついていない、弱点の炙り出しと修正が最短で行えるようになり、成長のスピードも大幅に増加しました。


失敗した時のダメだしは、キツイです。相手側からの当たり方も厳しく心が折れそうになる事もあります。

だからと言って、挑戦をやめてしまうと、成功する事ができなくなってしまいます。


私は常に自問自答します。成功したいのか?したくないのか?

成功したい。そしたら、やろう!!


そんな気持ちで毎日ワクワクしながら、取り組んでいます。
小学校の頃は、今のようにスマートフォンやタブレットはありませんでした。

そのため、女性の裸を見る方法は、エロ本やエロビデオが主でした。

物心ついたのが7歳でした。理由もなく女性の裸をみたい

その欲求だけで行動して行きました。


小学生だった当時はお金も無くて、また、18歳未満だった為に、書店でエロ本やレンタルビデオ店でアダルトビデオを借りる事はできませんでした。



その結果、集団下校していなかった、学校から自宅までの帰り道に、エロ本が落ちていないか、毎日ワクワクしながら、集中して歩道を見ながら、帰ってました。



月に1度に見つけられる程度でした。

帰り道に見つけると、隠して持ち去り、友達の家やその車庫で、男3人でニヤニヤしながら見ていました。

7歳の時には、女性単身の全裸の写真に興奮しました。










物心ついた頃から、お金、車、女に興味を持つようになりました。

車は4歳の時から、意味もなく車を運転してみたい願望に囚われていました。


女性は7歳の頃から、興味を持つようになりました。


【同年代は興味は無い】

7歳になって、小学校に入学してから、女子のクラスメイトとも、接することや、共同作業もありました。


ただ、どうしても同級生や同世代の女子を異性として、見ることができませんでした。

18歳以上の胸も成長した、大人の女性に観力を感じていました。例えば、当時まだアイドル活動をしていた、『永作博美』や、『藤原紀香』ような美少女系な方です。


セクシー


『巨乳』のこだわり


仲が良かったクラスメイトに話を振ると、同じような意見が合致しました。


ほとんどの、クラスメイトの男は『胸』が大きくて、綺麗な大人の雰囲気を出している女性は人気がありました。

当時楽しみにしていたのは、道端に落ちている『エロ本』でした。



普段見ることができない未知の世界が手軽に入る唯一方法でした。


1995年当時小学校1年生でした。パソコンも1台30万円していました。

インターネットも定額プランは存在してませんでした。

電話回線を使っていたので、何時間も使用すると、高額な料金がかかりました。


そして、95年頃のアダルトサイトは、クリックする事で海外に転送されるサイトも存在していました。電話回線を使用していたので、翌月の請求が10万円を超えてしまう事例も多数ありました。




そして、小学生の私には高価なパソコンを自由に触らせてくれる事はありませんでした。

パソコンを使用する時は、父親が同席する事が条件付きでした。

父親が真横にいる状態でエロサイトが開ける訳もなく、下校の時エロ本が落ちていないか、楽しみの一つでした。

落ちているのを見つけると、本を拾って影で友達とニヤニヤしながら見ていました。