そんなことしたらバチが当たるよ。
昔はよく言われたものです。
でもここしばらくそう言っているのを聞いたことも無いし、言ったことも言われたことも無い。
どうしてなのだろうか。
バチ当たりとかバチが当たるという発想は、実は宗教観によるもの。
神様なのか仏様なのかあるいは見えない天の力なのかわからないけれど、悪いことをするとやった自分に不幸が返ってくる。
それがバチが当たるということ。
バチがあたる対象は、お寺や神社の何かだったり、仏壇だったりご先祖様や故人に対してだったり、神様や仏様の何かだったりとそんな感じです。
つまり、尊敬したり崇拝したりする対象に悪さをした場合、怒りに触れるのか不幸が訪れる。
それって便利な言葉だったと思う。
なぜそれがだめなのか、どうしてやってはいけないのかを詳しく説明できなくても、バチが当たるからの一言で相手はやめるようになる。
で、何年かに一度ニュースで耳にする灯篭にのぼって倒壊して死傷する事故。
これも石屋から言うと構造上どうのとか、強度がどうのとか、接着や固定がどうのって話になりますが、昔なら只一言、
『バチが当たるからやめなさい』
で済んだと思う。
バチが当たるからと言う魔法の言葉で、子供達を危険から遠ざけることができた。
なぜ今言わないのだろう。
宗教観が薄いから?
そんなこと信じないから?
そもそも親の代の時点でそんなこと言われなくなったからではないだろうか。
バチが当たるが使えなくなったとしたら、効き目が無くなったとしたら、代わりにどんなことを言えば良いのだろうか。
『壊したら弁償だよ』
とでも言えば良いのか?
他人の車が止まっている横で、ボールをけったりして遊んでいる子供をそばに居る親が注意しない。
店舗の中で走り回って商品をガチャガチャ雑にいじっている子供を親が何も言わない。
もし、壊したり破損によりその子供がけがをしたら、親は逆に店に文句を言うのでは無いか。
触れるようにしているのが悪い。
壊れやすいのが悪いと。
いやいや買い取り、弁償は当然でしょう。
好奇心旺盛でまだまだものを知らない子供達だからそういうことをしてしまうのは仕方ない。
それを止めるのが親の役目です。
神社やお寺では騒がないことは常識です。(お祭り時は例外)
子供達がけがをしないように、親世代の私たちが気持ちを入れ替えて注意しなければなりません。
また痛ましい事故が起こりました。
13歳の男子中学生が神社の灯籠にのぼり、おりようとした際に灯籠が破損し転倒、破損した灯籠が腹部を直撃し死亡されたという。
まずはご冥福をお祈りし、ご遺族にお悔やみ申し上げます。
この問題、以前からブログで何度も警告させて頂いています。
灯籠は、完全に固定されていないものが殆どで、力を加えると壊れたり落下したりするので、絶対に寄りかかったりのぼったりしてはいけません。
灯籠は中央部分に火をともすつくりになっているため、金属製の心棒等は入れていません。
昔は只積み上げていただけだったり、隙間をセメントで目地してあるだけだったりという施工が殆どでした。
だから崩れやすいのです。
現在でも積み上げる際に部材を強力な接着剤で固定しているだけで、依然として心棒は入っていません。
強力な接着剤を使っているので接着面が剥がれることはありませんが、石やコンクリートは折れたり剥がれたりしますので、結局他の部分が破損し、倒れたり落下したりということが起こる可能性があるのです。
灯籠は触るだけでも危険と頭に入れてください。
もし触ったりのぼったりしようとしているのを見かけたら、誰でも良いです、ためらわず注意してください。
灯籠を壊してけがをしたり、ましてや命まで失ったりして一体誰が得をするのでしょうか。
是非このことを広めてください。
以上、石屋から強く警告させて頂きます。




