黒猫は西欧では不吉なものとして忌み嫌われていたらしい。
そう言えば魔女に黒猫は付きものだ。
僕は黒猫と二度出会ったことがある。
最初は高校2年の時だった。
学校の近くの道端にダンボールに入れられて捨てられていた子猫が黒猫だった。
覗き込むと衰弱しているのか、力のない声で鳴いていた。
このまま放置しておくと死ぬかもしれない、と思って部屋に持ち帰った。
部屋といっても学生寮の個室だ。
猫を飼うことは、当然できない。
舎監に見つかったら大変だ。
それでも2、3日したら元気になるかも、と思って部屋で餌や水をやった。
昼間は授業があるので鍵をかけた部屋に閉じ込めることになるが、仕方がない。
でもひとりでおとなしくしているようだった。
ある晩、寝ていると黒猫がしつこくベッドに乗ってきて、僕は寝ぼけたまま反射的に払いのけてしまった。
若者は睡眠に弱い。
朝起きて見たら黒猫はまだ眠っていた。
授業が終わり部屋に戻ると黒猫はまだ寝ていた。
よく見ると様子がおかしい。
起き上がることができなかった。
僕は昨夜黒猫をベッドから払いのけてしまったことを思い出した。
きっと、壁か床か、打ちどころが悪かったのかもしれない。
「そうに違いない。なんてことをしたんだ」
激しく後悔しながら、すぐに猫を抱えて寮の友人と二人で動物病院へ連れて行った。
心配そうに覗き込む僕らに、診察した獣医の先生が言った。
「ダメなようだ」
えっ、と言葉を飲み込んだ僕らに先生が言った。
「苦しまないようにしてあげるから」
先生はお金を取らなかった。
二度目に黒猫に出会ったのは中年になってからだ。
自宅の近くの信号がある交差点だった。
夜でまわりは暗く、雨が降っていて僕は黒い傘をさしていた。
信号が青になり、横断歩道へ踏み出そうとしたその時、背後から何かが前方の横断歩道へ飛び出した。
黒猫だった。
思わず立ち止まった僕の鼻先に、巨大なダンプカーが突然現れて急ブレーキをかけた。
猫に驚いたダンプが急ブレーキをかけたのだ。
そのまま歩きだしていたら、僕は確実に轢かれるところだった。
黒猫のおかげで間一髪助かった。
かわいそうに黒猫は轢かれたに違いない。
ダンプがいなくなって暗い道路を覗き込んで見渡した。
不思議なことに猫は消えてしまって、どこにも居なかった。
夏目漱石の処女作「吾輩は猫である」のモデルは、漱石夫妻がかわいがっていた迷い込んだ黒猫だそうだ。
小説が売れたと漱石は感謝していたらしい。
西欧と違って日本では黒猫は幸せを運ぶ「福猫」とされている。