夜中にふと目が覚めた。
眼をうっすらと開くと暗闇に黒い人影のようなシルエットが立っていた。
僕はドキッとして「誰!?」と聞いた。
「俺は救済者だ」
「救済者?僕に何の用だ」

すると影は言った。
「お前はもうすぐ死ぬ」
「死にたくなければお前の魂を俺に売れ。そうすればお前はもっと長生きできる」

それを聞いて僕はがくがく震えた。
そのシルエットの頭には角のようなものが生えていて背中には蝙蝠の羽のようなものが見えた。

「ち、ちょっと待ってください」
「死にたいのかね?」
「いや少し考えたいのでしばらく時間をください」
「わかった。でも時間はあまりないぞ」
と言ってその影は消えてしまった。
僕はがくがくと朝まで震え続けた。

 

次の日の夜中また目が覚めた。
どきりとして暗闇のほうを見ると、今度は白い人影のようなシルエットが立っていた。
「誰?」
「私は使いの者です」
「僕に何の用ですか?」
「魂を売ってはいけません。売った相手の力になるだけです」と優しい声で囁いた。

「わかりました、売りません」
というとその白い影は背中の翼のようなものを広げて消えてしまった。


翌日の夜中、また黒い影がやってきた。
僕は震えながら「やはり魂は売りません。ごめんなさい」と言うと、黒い影は「チェッ、そうか」と言ってあっさり消えてしまった。


‪翌朝僕は通学しながら考えた。‬
死後の世界ってどういうのだろう。
魂を売るとやはり地獄に落ちるのかな。
天国は素晴らしいところなのかな。
想像するだけでもちろんわかるはずはなかった。

横断歩道の信号が青に変わって渡り始めると、そこに信号無視をしたダンプが突っ込んできた。
僕は巨大なタイヤに踏みつぶされ、意識が遠のく中で一瞬だけ死後の世界が見えた。
そこは何もない虚無だった。天国も地獄もなかった。
 

 

「ルシファー、また私の勝ちね」と白い影。
「ガブリエルはずるいなあ、いつも邪魔をするんだから」と黒い影。
二人はいつもオセロゲームをしている。
白い石と黒い石は人間から買った魂だ。


「私は嘘は言ってないわよ。人間が勝手に誤解してくれるだけ」
「俺だって。寿命を延ばしてやろうというのに断るやつの気がしれないよ」
「しょうがないわ。今は無宗教の人間が増えたから魂もなかなか買えないわよね」
「だいたい神を信じない人間が天国と地獄は信じてるってどうよ?」

「石は長持ちしないからこのゲームもいつまでできるやら。ゲームができなくなったら退屈で死んでしまうぜ」
「あなたの石が足りなくなったら、高値で売ってあげるわ」
「いつもずるいなあ」
「じゃあもう一番やりましょう」と言って二人は石を盤から集め始めた。