この物語はいつ頃の時代を想定しているのだろうか。劇中に、ブルースリーのカンフー映画や、それより前に公開されたと思われるドラキュラ映画が登場するから、少なくとも半世紀近く以前が舞台背景になっているのだろうか。

 

僕は1953年、東京で生まれ、多摩地方で育った。小学生の頃、時々育った団地に「映画自動車」というものがやって来た。マイクロバス程度の大きさのバスの中に観客席とスクリーンがあり、主に子どもを対象にした短編を見せてくれた。入場料はいくらだったか、どんな作品を観たのか全く覚えていないが、この映画に「映画自動車」と同じようなものが出てきたので思い出した。ブルースリー作品にしてもドラキュラ映画にしても、封切りからかなりの回数上映されたフィルムと思われる。

 

これはかなり最近までだが、映画がフィルムで記録されていた時代、封切館での公開を終え、二番館、三番館と呼ばれる、主に2本立てで上映する形式の映画館に降りて来るころには、スクリーンの中にはいつも雨が降っていたのに、ブルースリーもドラキュラもクリアな状態だった。

 

映画の舞台、アンデスの山の中の村。全編に流れるフォルクローレ。ケーナ、チャランゴ、太鼓。懐かしいメロディー。

僕が高校生の頃、サイモンとガーファンクルの作品、「コンドルは飛んで行く」でこれらの楽器を知り、ひと時聴いていた頃があった。

ロス・チャコス、というフォルクローレのグループの音楽が好きになり、LPレコードも買った。最初に買ったLP,「アンデスの笛<Ⅱ>~ロス・チャコスの芸術~ 監修:小泉文夫・中村とうよう」(バークレーレコード)のジャケット写真はサンポーニャとかいう竹の笛を吹く、頭に羽飾りを付けたペルーかボリビアの男性だったので、ロス・チャコスのメンバーはペルーかボリビアの人だと思っていたが、実はメンバー全員フランス人だった。来日公演を僕は聴きに行ったような記憶がある。ロス・チャコスの次のLPレコード「来日記念盤 アンデスの笛<Ⅳ>~コンドルは飛んで行く/ロス・チャコス~ 監修:小泉文夫・中村とうよう」のジャケットは本人たちが演奏している写真だ。

 

なんだか映画の内容とは関係ない、遠い昔のことばかり思い出すのは、アンデスの雄大な景色が眠りを誘ったからか、前半の多く眠ってしまったからだろうか。作品としては、映画の発展途上段階なのかな、と感じた。僕はもう、この映画のようにピュアな気持ちには戻れないし、戻りたいとも思わない。