東京都/中野「都立家政駅」界隈の無人化見聞録-16から更に先へ進むと、この無人の建物があった。

左隣の建物とのギリギリあたりに外付け階段がしつらえてあった。部屋数の少ないアパートだったのかもしれない。

想像するに、上下一部屋ずつの計2部屋。私の頃は、こうしたアパートはとても珍しく、一度は住んでみたいと思っていたが、それは叶わず、古アパ生活から抜け出した。

 

こうした小ぶりのアパートに何か特別な思い入れがあったわけではないが、雑多な人々が入れ代わり立ち代わり出入りかる煩いアパートより少し良いかもしれないと思っていた程度だ。私がアパートに住み始めたころは、三畳が四畳半に住む奴が殆どで、持ち物は布団とちゃぶ台程度で、本当にリンゴ箱の上で勉強したり、ご飯を食べている奴もいた。まるで、嘘みたいな本当の話だ。

当然、トイレも台所も共有で、ある奴が住んでいたアパートでは風呂も共有だった。でもそいつは「風呂は気持ち悪い」と云って風呂屋に行っていた。なんだか知らないが、今考えると、本当に凄かった。

下駄箱もあった。みんなドロドロの靴を履いていた。そうした中に一人だけは革靴を履いて毎日出かける奴もいた。

日曜日、そいつの部屋を尋ねると、よく靴を磨いていた。よほど大切な革靴だったのかもしれない。

 

と云うようなことは、この古アパとは何も関係ない。

年寄りの本当に忘れても良い、いたってつまらない記憶の断片なのだ。

撮影日:令和6年6月15日