東京都/中野区「都立家政駅」界隈の無人化見聞録-13から更に先へ進むと、この無人の建物があった。

いつもぼんやり歩いて無人化見聞録を進めている。それは言い換えるなら、建物の正面をぼんやり見ていることになる。みなさんと何も変わらない。ただ、「良い家」や「素敵な家」、そして「幸せそうな家」には殆ど目が向かない。別に不幸や不幸せを捜し歩いている訳ではないが、「無人化」にはそうした側面が付きまとうことは確かだろう、私の一方的な見方だが・・・。

 

それでも変な場所(ポイント)に目が行くことがある。

この時は、私の好きな雨戸袋に目が行った。古い雨戸が好きなので、当然だったかもしれない。しかし当然ではない姿がそこにあった。古い雨戸は木製だったり、ブリキ・トタン製だったりしていて、見てて面白いのだ。しかしここの雨戸袋は木製のものの上にモルタルが施されたものであり、それの底が抜け落ちていた。これも経年劣化の単なる一つかもしれない。

 

しかし、言葉は悪いかもしれないが、長い間生きていると「底が抜ける」等と云う事に出会うことも一度や二度はあるだろう。

私にも30代半ばにそれがあり、数年間無職の時代があった。何をやっても上手くいかない。金も底をついた。友達も離れて行った。

 

そういえば、幼年期からずっと親と一緒に住んでいたオンボロ長屋の床が抜けそうだったこともある。屋根からは雨漏りがあり、そして床が抜けそうになる。それは正しく生きて行く基礎の基礎が壊れかけていたことに似ていた。

 

雨戸や雨戸袋が家と云うものの中で、どれほどの位置にあるのかはよく分からないが、そんな家はやっぱり嫌だ。

実に嫌だ。

撮影日:令和6年6月15日