埼玉県飯能市「飯能駅」界隈の無人化見聞録-38から更に先へ進むと、この無人の建物があった。
造りは2階建てで、その上には「屋上」のようになっていた。そして1階はシャッターが降ろされたままになっていたが、たぶん作業場か倉庫のようになっていた節がある。ただ2階部も「仕事場」のように見えたが、真ん中あたりの窓には2つの日焼けした長めの簾がそのままになっていた。それは明らかに日差しを考慮しての事だろうが、建物全体として、なぜこれがこのままここに残っているかが私にはよくわからなかった。別に壊せとも、たためとも思わないし、余計なことは考えたくないが、ただ単にほったらかしにされているように見えて残念に思えた。
「仕事」がみんなの人生でどのあたりに位置するのかは人それぞれだろうが、やはり「終わる」のであれば、「終わり」はそれなりに迎えたいとみんなが思うわけでは無いだろうが、結果だけを単に迎えてハイそれまでよ、ではやはり何某かの理屈を持って仕事をしてきたなら、その尻を拭くのもまた必然のような気がするが、そう杓子定規に物は運ばないのだろうか。
今でも細々と仕事をしているので、これからの時期は確定申告が待っている。
毎年のように収入が減り続けているが、それは意図してそうしているので別に問題は無いのだが、どこまで減り続けると、どうなるのかが妙に面白い。ただ、少額な年金があるから、0にはならない。
「この0にはならない」が、妙に可笑しいように、哀しいような・・・。
それは、この無人化した何の用途にもなっていない姿が、どこまで0にならないのかと似ているような、似ていないような・・・。
撮影日:令和8年1月4日










