セナ、去年の雪辱を果たし、モナコマイスターの始まり。その裏で…(1989年、モナコGP) | 日日不穏日記・アメブロ版

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 サンマリノGPでは、憤りを隠せなかったプロスト。ロン・デニスは、2日後、マクラーレンのプライベートテストに2人を呼び、関係の修復を図った。結果的には、セナが説得される形でプロストに謝罪するという形で収まったが、“公の場で口外しない”という取り決めがされた。

 が、プロストがのちに「ミスだった」と認めるように、親しい記者にその中身を“オフレコ”で話してしまい、それがフランスのメディアで記事となる。モナコでのセナはもう、プロストとは口も利かない関係となり、もはや修復は不可能な状況となってしまう。

 ここは、メディアを利用するプロストの悪い面が、局面を取り返しのつかないものにしたことは否めないと思う。



 そんな喧騒の中でも、セナはプロストに1秒以上も大差をつけ、PP。レースでは、プロストが、ルネ・アルヌーに長い間ブロックされる不運もあり、セナも前年のようなミスをせず、52秒の大差をつけて2連勝を飾った。

 マクラーレンは2戦連続の1-2フィニッシュ。セナとプロストは、18ポイントで並び、NAエンジンに代わっても、マクラーレン・ホンダがトップであることが変わらないことを見せつける。

 ただ、両者の関係が回復することはなく、88年とは全く違った形で“2人だけの”チャンピオン争いが、シーズンの最後まで続いていく。