大和物語の中の和歌(4) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第56段~第68段

 

このシリーズでは、「伊勢物語」に続き、平安時代中期(10世紀後半~11世紀初期)に成立した歌物語である「大和物語」(全173段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(295首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第37段~第55段までの25首を紹介したが、ここでは第56段~第68段までの24首を紹介する。

 

●第56段「もと来し駒」

〇越前権守の平兼盛が、兵衛の君(藤原兼茂の娘)のもとに通っていたが、しばらく別れた後再び訪れた時に詠んだ歌

 夕されば 道も見えねど ふるさとは もと来し駒に まかせてぞゆく

〇それに対して兵衛の君が詠んだ歌

 駒にこそ まかせたりけれ はかなくも 心の来ると 思ひけるかな

 

●第57段「山里の住居」

〇近江介の平中興が可愛がっていた娘の親が亡くなり落ちぶれて他国に住んでいるのを、平兼盛が哀れに思い詠んだ歌

 をちこちの 人目まれなる 山里に 家居せむとは おもひきや君

 

●第58段「黒塚」

〇平兼盛が陸奥国に居た時、閑院(貞元親王)の第三皇子の息子(源重之?)が黒塚(現在の福島県二本松市)に住んでいたので、平兼盛が彼の娘たちを「田舎の鬼たち」とからかい詠んだ歌

 みちのくの 安達が原の 黒塚に 鬼こもれりと 聞くはまことか

〇平兼盛は娘の一人を嫁に欲しいと親(源重之?)に申し出たが「まだ早い」と断られ、京へ戻らねばならない平兼盛が娘を井手(現在の京都府井手町)の山吹の花に擬えて詠んだ歌

 花ざかり すぎもやすると かはづなく 井手の山吹 うしろめたしも

 

〇恒忠の君の妻が「名取の御湯」(現在の仙台市秋保温泉)という名称(なとりのみゆ)を織り込み詠んだ歌(恒忠の妻は黒塚のあるじ)

 大空の 雲のかよひ路 見てしかな とりのみゆけば あとはかもなし

〇それを聞いて平兼盛が同じように詠んだ歌(「などりの見ゆ」)

 塩竃の 浦にはあまや 絶えにけむ などすなどりの 見ゆる時なき

 

〇平兼盛が結婚を申し出た娘はその後別の男と上京し、それとは知らない兼盛が娘に手紙を送ると、娘から兼盛が以前詠んだ歌を「これがお土産です」と贈り返されたので、兼盛はようやくフラれたことを知り詠んだ歌

 年を経て ぬれわたりつる 衣手を 今日の涙に くちやしぬらむ

 

●第59段「うさは離れぬ」(「うさ」は「憂さ」と「宇佐」の意味)

〇世の中がいやになり筑紫へ下った人が、女のもとへ詠んで送った歌

 忘るやと いでて来しかど いづくにも うさははなれぬ ものにぞありける

 

●第60段「燃ゆる思ひ」

〇五条の御(後に在原滋春(在原業平の息子)の妻?)が、男に自分の燃えている姿を絵に書き、それとともに贈った歌

 君を思ひ なまなまし身を 焼く時は けぶりおほかる ものにぞありける

 

●第61段「藤の花」

〇春、亭子院(宇多天皇)が新しい河原院(源融の館)へ京極の御息所(藤原褒子:藤原時平の娘)とともに移った時、亭子院(館)を訪れた貴族が庭園で藤の枝に結ばれた手紙を見つけ、そこにあった居残りの御息所の一人が詠んだ歌

 世の中の あさき瀬にのみ なりゆけば 昨日のふぢの 花とこそ見れ

〇それを見てすばらしい歌だと感心し、貴族の中の一人が詠んだ歌

 藤の花 色のあさくも 見ゆるかな うつろひにける 名残なるべし

 

●第62段「宿世」

〇のうさんの君と浄蔵大徳(三善清行の息子)とは恋仲であり、のうさんの君が詠んだ歌

 思ふてふ 心はことに ありけるを むかしの人に なにをいひけむ

〇それに応えて浄蔵大徳が詠んだ歌

 ゆくすゑの 宿世を知らぬ 心には 君にかぎりの 身とぞいひける

 

●第63段「峰のあらし」

〇源宗于がある娘のもとに通っていたのを、親が聞きつけ逢わせなかったので、むなしく帰って来た翌朝詠んで送った歌

 さもこそは 峰の嵐は 荒からめ なびきし枝を うらみてぞ来し

 

●第64段「忘らるな」

〇平中(平定文)の新妻を正妻が追い出した際に、平定文は新妻に「忘れずに便りを下さい」と言って送り出し、その後しばらくして新妻が平定文に詠んで送った歌

 忘らるな 忘れやしぬる 春がすみ 今朝立ちながら 契りつること

 

●第65段「玉すだれ」

〇南院(是忠親王か)の五男(三河の守)は、承香殿に住んでいた伊予の御に恋をし、三河の守が「訪ねたい」と告げると、伊予の御が「これから宮中に参ります」と言ってきたので、三河の守が詠んだ歌2首

 玉だれの 内と隠るは いとどしく 影を見せじと 思ふなりけり

 嘆きのみ しげきみ山の ほととぎす 木がくれゐても 音をのみぞなく

 

〇三河の守がようやく女の元にたどり着いたが、「今日は帰ってね」と冷たくあしらわれ、その心境を詠んだ歌

 死ねとてや とりもあへずは やらはるる いといきがたき 心地こそすれ

 

〇雪が降る夜、会話だけで女が「夜も更けたのでお帰り下さい」と言われ、途中まで帰りかけたが、雪が大変降っていたので戻ってきた時に、戸に鍵を掛けて開けてくれなかったので三河の守が詠んだ歌

 われはさは 雪降る空に 消えねとや たちかへれども あけぬ板戸は

 

●第66段「いなおほせ鳥」

〇後に藤原千兼の妻となるとしこが、ある夜千兼を待っていたが来なかったので、としこが詠んだ歌

 さ夜ふけて いなおほせ鳥の なきけるを 君がたたくと 思ひけるかな

 

●第67段「雨もる宿」

〇としこの家は粗末な家で雨漏りが酷かったが、としこが雨の降る夜に千兼を待っていると、千兼が「雨のせいでいけませんが、そんなところでどのように過ごしておいでか」と言ってきたので、としこが詠んだ歌

 君を思ふ ひまなく宿と 思へども 今宵の雨は もらぬ間ぞなき

 

●第68段「葉守の神」

〇としこの家に柏木が植えてあるのを、枇杷殿(藤原仲平)が枝を折らせて欲しいと使いを寄こしたので、としこが枝を折らせてそれを添え藤原仲平に詠んで贈った歌

 わが宿を いつかは君が ならし葉の ならし顔には 折りにおこする

〇それに応えて藤原仲平が詠んだ歌

 柏木に 葉守の神の ましけるを 知らでぞ折りし たたりなさるな