伊勢物語の中の和歌(8) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第82段~第91段

 

このシリーズでは、平安時代前期(9世紀後半~10世紀前半)に成立した「現存する最古の歌物語」とされている「伊勢物語」(全125段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(209首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第68段~第81段までの20首を紹介したが、ここでは第82段~第91段までの21首を紹介する。

 

●第82段「渚の院」

〇昔、山崎の水無瀬に宮があった惟喬親王(文徳天皇の皇子)が、右の馬頭(在原業平)らを率いて交野(現在の枚方市)へ鷹狩りに出かけた際、渚の院の桜がとても趣があったので、一行の人々が歌を詠んだ時に馬頭が詠んだ歌

 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

〇同じく、別の人が詠んだ歌

 散ればこそ いとゞ桜は めでたけれ うき世になにか 久しかるべき

 

〇日暮になり、帰る途中の天の川という所で馬頭が惟喬親王にお酒を差し上げた際、親王の「歌を詠んでから盃を差しなさい」との言葉に馬頭が応えて詠んだ歌

 狩り暮らし たなばたつめに 宿からむ 天の河原に 我は来にけり

〇それに対して、親王はあまりの歌の出来栄えに返歌を返せなかったので、代わりにお供の紀有常が詠んだ歌

 一年に ひとたび来ます 君まてば 宿かす人も あらじとぞ思ふ

 

〇親王が水無瀬の宮に帰って酒を飲み寝所に入る時、十一日の月が隠れようとしたので馬頭が詠んだ歌

 あかなくに まだきも月の かくるゝか 山の端にげて 入れずもあらなむ

〇同じく、親王に代わって紀有常が詠んだ歌

 おしなべて 峯もたひらに なりななむ 山の端なくは 月もいらじを

 

●第83段「小野」

〇昔、惟喬親王が水無瀬で狩りをして京に帰った時に、お供の馬頭(業平)は早く帰ろうと思っていたが、親王が褒美を授けると言ってなかなか帰さなかったので馬頭が詠んだ歌

 枕とて 草ひき結ぶ こともせじ 秋の夜とだに たのまれなくに

〇その後、親王は出家し比叡山の麓の小野に住んでいたので、馬頭は正月に拝謁しようと雪深い小野を訪れて親王と昔話などして夕暮に京へ帰ることになり、親王にお仕えすることが出来ず泣く泣く馬頭が詠んだ歌

 忘れては 夢かぞとおもふ 思ひきや 雪ふみわけて 君を見むとは

 

●第84段「さらぬ別れ」

〇昔、京で帝に仕えていた男(業平?)が、長岡京に住んでいた母宮を訪ねようとしたが、なかなか訪ねることが出来ず、そのうち十二月に母から至急の手紙が届き、そこに詠まれていた歌

 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば いよいよ見まく ほしく君かな

〇それを見て男が詠んだ歌

 世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もといのる 人の子のため

 

●第85段「目離れせぬ雪」

〇昔、男(業平?)が子供の頃から仕えていた主君(惟喬親王?)が出家したので、正月に男は大勢の人々と一緒に主君の所を訪れた際に、主君がお酒を出して一同が酔っぱらう中、雪が激しく降り止まず男が詠んだ歌

 思へども 身をしわけねば めかれせぬ 雪のつもるぞ わが心なる

 

●第86段「おのがさまざま」

〇昔、同じ所に宮仕えする若い男女が愛し合うようになったが、親に遠慮して交際が中途半端で終わり、何年かして男が女に詠んで贈った歌

 今までに 忘れぬ人は 世にあらじ おのがさまざま 年の経ぬれば

 

●第87段「布引の滝」

〇昔、男が摂津国の莵原郡の芦屋の里にあった自分の領地に住んだが、それに関連した昔の歌

 あしの屋の なだの塩焼き いとまなみ 黄楊の小櫛も ささず来にけり

 

〇男は衛府督や衛府佐らと一緒に近くの山の上にある布引の滝を見物に行くと、滝の上に突き出した石に水が流れこぼれ落ちており、それを見て人々が歌を詠み、最初に詠んだ衛府督の歌

 わが世をば けふかあすかと 待つかひの 涙のたきと いづれたかけむ

〇同じく、主人の男が詠んだ歌

 ぬき乱る 人こそあるらし 白玉の まなくもちるか 袖のせばきに

〇滝の見物から帰る途中で日が暮れ、主人の男が芦屋の家の方を見ると海人の漁火がたくさん見えたので詠んだ歌

 はるゝ夜の 星か河辺の 蛍かも わが住むかたの あまのたく火か

〇翌朝、男の家の女の子たちが浜辺に出て浮海松を拾って家に持ち帰り、妻がその海松を高坏に盛り柏の葉で覆って差し出した時に、柏に書いてあった歌

 わたつみの かざしにさすと いはふ藻も 君がためには 惜しまざりけり

 

●第88段「月をもめでじ」

〇昔、もう若くはない友だちが集って月を見た時に、その中の一人が詠んだ歌

 おほかたは 月をもめでじ これぞこの つもれば人の 老いとなるもの

 

●第89段「なき名」

〇昔、身分の低くない男が自分より身分の高い女性に思いを寄せ、年月が過ぎて詠んだ歌

 人知れず われ恋ひ死なば あぢきなく 何れの神に なき名をおほせむ

 

●第90段「桜花」

〇昔、男の思うにまかせない女が、哀れに思い「それなら明日、物越しでお逢いしましょう」と言ってきたので、男は限りなく嬉しく、また疑わしくもあったので、面白く咲く桜につけて詠んだ歌

 桜花 けふこそかくにね にほふとも あな頼みがた あすの夜のこと

 

●第91段「惜しめども」

〇昔、月日の行方さえ嘆く男が、三月の末に詠んだ歌

 をしめども はるのかぎりの けふの日の 夕暮れにさへ なりにけるかな