源氏物語の中の和歌(19) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

柏木、横笛、鈴虫の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第34巻の「若菜上」の残りの14首及び第35巻の「若菜下」の18首の計32首を紹介したが、ここでは第36巻の「柏木」の11首、第37巻の「横笛」の8首及び第38巻の「鈴虫」の6首の計25首を紹介する。

 

●巻36「柏木」

〇女三宮へ起こした罪に苛まれた柏木は重病に陥ったが、それでも必死の気持ちで女三宮へ手紙を出し詠んだ歌

 今はとて 燃えむ煙も むすぼほれ 絶えぬ思ひの なほや残らむ

〇それに応えて女三宮が詠んだ歌
 立ち添ひて 消えやしなまし 憂きことを 思ひ乱るる 煙比べに

〇それに対して柏木が詠んだ歌

 行方なき 空の煙と なりぬとも 思ふあたりを 立ちは離れじ

 

〇女三宮が男子を出産、出家を決意する一方で柏木が死去し、光源氏が幼子を残し出家する女三宮に対して詠んだ歌

 誰が世にか 種は蒔きしと 人問はば いかが岩根の 松は答へむ

 

〇柏木に先立たれた妻の女二宮(落葉の宮)の一条宮邸を夕霧が訪れ、一条御息所(女二宮の母)を慰めながら詠んだ歌

 時しあれば 変はらぬ色に 匂ひけり 片枝枯れにし 宿の桜も

〇それに応えて一条御息所が詠んだ歌
 この春は 柳の芽にぞ 玉はぬく 咲き散る花の 行方知らねば

 

〇その後夕霧は致仕の太政大臣(柏木の父:頭中将)邸を訪れ、亡くなった柏木の話などをした際に頭中将が詠んだ歌

 木の下の 雫に濡れて さかさまに 霞の衣 着たる春かな
〇それに応えて夕霧が詠んだ歌
 亡き人も 思はざりけむ うち捨てて 夕べの霞 君着たれとは
〇同じく、弁少将(柏木の弟)が詠んだ歌
 恨めしや 霞の衣 誰れ着よと 春よりさきに 花の散りけむ

 

〇その後も夕霧は女二宮の一条宮邸を訪れ、一条御息所(あるいは女房)と柏木の話などしている際に夕霧が詠んだ歌

 ことならば 馴らしの枝に ならさなむ 葉守の神の 許しありきと
〇それに応えて一条御息所(あるいは女房)が詠んだ歌
 柏木に 葉守の神は まさずとも 人ならすべき 宿の梢か

 

●巻37「横笛」

〇柏木の一周忌法要も終り、朱雀院は出家した娘の女三宮へ山菜を贈り手紙で詠んだ歌
 世を別れ 入りなむ道は おくるとも 同じところを 君も尋ねよ

〇それに応えて女三宮が詠んだ歌

 憂き世には あらぬところの ゆかしくて 背く山路に 思ひこそ入れ

 

〇光源氏が若君(後の薫;実際は柏木と女三宮の息子)の成長を見ながら詠んだ歌
 憂き節も 忘れずながら 呉竹の こは捨て難き ものにぞありける

 

〇秋の夕べ、夕霧が女二宮(落葉の宮)の一条宮邸を訪れ、琵琶で「想夫恋」を弾きながら琴で合奏をお願いし詠んだ歌

 ことに出でて 言はぬも言ふに まさるとは 人に恥ぢたる けしきをぞ見る

〇それに応えて女二宮が詠んだ歌
 深き夜の あはればかりは 聞きわけど ことより顔に えやは弾きける

 

〇夕霧が一条宮邸を退出する時、一条御息所が柏木の形見の横笛を夕霧に贈り、その時に一条御息所が詠んだ歌

 露しげき むぐらの宿に いにしへの 秋に変はらぬ 虫の声かな
〇それに応えて夕霧が詠んだ歌
 横笛の 調べはことに 変はらぬを むなしくなりし 音こそ尽きせね

 

〇夕霧が三条殿に帰宅して寝ていると、夢に柏木が現れて笛を手に取りながら柏木が詠んだ歌

 笛竹に 吹き寄る風の ことならば 末の世長き ねに伝へなむ

 

●巻38「鈴虫」

〇夏、女三宮の持仏開眼供養の法要準備の際に、光源氏が来世のことを祈って詠んだ歌

 蓮葉を 同じ台と 契りおきて 露の分かるる 今日ぞ悲しき

〇それに対して女三宮が詠んだ歌
 隔てなく 蓮の宿を 契りても 君が心や 住まじとすらむ

 

〇8月15日(十五夜)の夜光源氏が女三宮の住む三条宮邸を訪れ、秋の虫の声を聞きながらが女三宮が詠んだ歌

 おほかたの 秋をば憂しと 知りにしを ふり捨てがたき 鈴虫の声
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 心もて 草の宿りを 厭へども なほ鈴虫の 声ぞふりせぬ

 

〇六条院での鈴虫の宴の場で、参加出来なかった冷泉院から光源氏への手紙に詠まれた歌

 雲の上を かけ離れたる すみかにも もの忘れせぬ 秋の夜の月

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌

 月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞ変はれる