源氏物語の中の和歌(13) | 俳句の里だより2

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乙女、玉鬘の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第19巻の「薄雲」の10首及び第20巻の「朝顔」の13首の計23首を紹介したが、ここでは第21巻の「乙女」の16首及び第22巻の「玉鬘」の14首の計30首を紹介する。

 

●巻21「乙女」

〇藤壺の宮の一周忌が終わり、賀茂の祭りを思いながら光源氏は前斎院(朝顔の君)に手紙を出し、それに書かれていた歌
 かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君が禊の 藤のやつれを

〇それに応えて朝顔の君が詠んだ歌
 藤衣 着しは昨日と 思ふまに 今日は禊の 瀬にかはる世を

 

〇12歳の夕霧(光源氏と葵の上の息子)が14歳の雲居雁(頭中将の娘)に恋心を抱き、深夜に雲居雁の寝所を訪れて詠んだ歌

 さ夜中に 友呼びわたる 雁が音に うたて吹き添ふ 荻の上風

 

〇夕霧はふたたび雲居雁を訪れて歎きながら詠んだ歌
 くれなゐの 涙に深き 袖の色を 浅緑にや 言ひしをるべき
〇それに応えて雲居雁が詠んだ歌
 いろいろに 身の憂きほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ

 

〇雲居雁のところを離れ、帰宅途中で夕霧が詠んだ歌
 霜氷 うたてむすべる 明けぐれの 空かきくらし 降る涙かな

 

〇夕霧は五節舞姫(惟光の娘;藤典侍)を見て恋心を抱き詠んだ歌

 天にます 豊岡姫の 宮人も わが心ざす しめを忘るな

 

〇五節の儀式で光源氏は舞姫を見て、かつて明石で出逢った筑紫五節を思い出し、出した手紙に書かれていた歌
 乙女子も 神さびぬらし 天つ袖 古き世の友 よはひ経ぬれば
〇それに応えて筑紫五節が詠んだ歌
 かけて言へば 今日のこととぞ 思ほゆる 日蔭の霜の 袖にとけしも

 

〇夕霧が五節舞姫の弟に託して、五節舞姫へ書いた手紙に書かれていた歌

 日影にも しるかりけめや 少女子が 天の羽袖に かけし心は

 

〇2月20日過ぎ、光源氏は朱雀院のところへ行幸し、そこで光源氏が盃を挙げながら詠んだ歌

 鴬の さへづる声は 昔にて れし花の 蔭ぞ変はれる
〇それに応えて朱雀院(光源氏の異母兄)が詠んだ歌
 九重を 霞隔つる すみかにも 春と告げくる 鴬の声

〇同じく兵部卿(光源氏の異母弟)が詠んだ歌
 いにしへを 吹き伝へたる 笛竹に さへづる鳥の 音さへ変はらぬ

〇同じく冷泉帝(光源氏と藤壺の子)が詠んだ歌
 鴬の 昔を恋ひて さへづるは 木伝ふ花の 色やあせたる

 

〇9月、御所に居る秋好中宮が六条院に住む紫の上に出した手紙に書かれていた歌

 心から 春まつ園は わが宿の 紅葉を風の つてにだに見よ

〇それに応えて紫の上が詠んだ歌
 風に散る 紅葉は軽し 春の色を 岩根の松に かけてこそ見め

 

●巻22「玉鬘」

〇亡くなった夕顔の娘(玉鬘;父は頭中将)を引き連れ乳母(太宰少弐の妻)が筑紫へ行く途中に乳母(あるいは乳母の姉娘)が詠んだ歌

 舟人も たれを恋ふとか 大島の うらがなしげに 声の聞こゆる

〇それに応えて玉鬘(あるいは乳母の妹娘)が詠んだ歌
 来し方も 行方も知らぬ 沖に出でて あはれいづくに 君を恋ふらむ

 

〇肥後の大夫監が玉鬘に求婚しに訪れ、帰り際に詠んだ歌

 君にもし 心違はば 松浦なる 鏡の神を かけて誓はむ

〇それに対して、玉鬘に代わり乳母が詠んだ歌

 年を経て 祈る心の 違ひなば 鏡の神を つらしとや見む

 

〇執拗な大夫監から逃れるために、乳母は玉鬘を連れて筑紫を脱出し、その時に兵部の君(乳母の息子)が詠んだ歌

 浮島を 漕ぎ離れても 行く方や いづく泊りと 知らずもあるかな

〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌
 行く先も 見えぬ波路に 舟出して 風にまかする 身こそ浮きたれ

 

〇筑紫から舟で京への脱出の途中、乳母が詠んだ歌

 憂きことに 胸のみ騒ぐ 響きには 響の灘も さはらざりけり

 

〇初瀬観音で偶然再会した玉鬘一行と右近(亡き夕顔の侍女)、その別れ際に右近が詠んだ歌

 二本の 杉のたちどを 尋ねずは 古川野辺に 君を見ましや
〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌
 初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ

 

〇右近から玉鬘のことを聞いた光源氏が、玉鬘を六条院へ迎えるために右近に託した手紙に書かれていた歌

 知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に 生ふる三稜の 筋は絶えじを

〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌

 数ならぬ 三稜や何の 筋なれば 憂きにしもかく 根をとどめけむ

 

〇六条院に玉鬘を迎え対面した光源氏はそのことを紫の上に話し、その時に光源氏が詠んだ歌

 恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来つらむ

 

〇歳末に光源氏は六条院に住む女性たちに衣装を贈ったが、そのお礼に末摘花が詠んだ歌
 着てみれば 恨みられけり 唐衣 返しやりてむ 袖を濡らして

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌

 返さむと 言ふにつけても 片敷の 夜の衣を 思ひこそやれ